GAME OF SECRET


   ■4■


「海馬くんて意外と優しいんだね」
「え…」
 御伽の声に遊戯は顔を上げる。
 朝の事件直後から、遊戯は屋上の給水塔にある死角にいた。そこは屋上から見えない場所だけに、人が隠れられるスペースがあると普通は思わない。気がついた者は自然と秘密にしたくなる穴場だった。
 遊戯は御伽がこの場所を知っていた事よりも、何故ここにいると思われたのか不思議だった。
「……優しくないよ…」
「遊戯くんを助けてくれたのに?」
 遊戯は本気で御伽が何を言っているのか分からない。
 まじまじ彼の顔を見詰めると、御伽は少し困った顔をした。
「ごめん。今のはボクの主観だった。遊戯くんが聞きたくないならこれ以上何も言う気はないよ」
 遊戯は膝を抱えて俯いた。
 御伽は視線を周りに巡らせる。
「――ここからの景色はいいよね。ここよりきれいな見晴らしはたくさんあるけど、学校の中で一番高い所だ。気持ちいい」
 遊戯は顔を上げた。
 遠くまで続く街並み。彼方には海がある。大きく突き抜けるような青空。どこにでもある平凡な風景。しかし――。
「…うん。ボクもここから見える景色が好きなんだ。一人になりたい時たまに来る…。
「――城之内くんにも教えてないんだぜ」
 「それがいいよ。城之内に知られたら、みんなにバレちゃうからね」
二人は秘密を持つ者同士の笑い顔になった。

「海馬くんがボクを助けてくれたって、どういう事?」
「コレはあくまでボクの推測なんだけどね…」
 そう言って御伽は遊戯と同じように座った。
「海馬くんは自分の時間を他人の都合で消費されるのが嫌いだよね。嫌がらせを放っておいたのもホントに「関わる時間が惜しい」からだと思う。
「でも、今朝はわざわざ自分の時間を割いて、どうでもいい筈の犯人達に伝わるように、脅しをかけたね」
 確かに今思えば、海馬は不自然な程大声だった。まるで人を呼び寄せ全てに聞かせようとするかのように。
「遊戯くんを助けるためだと思うんだ。もし海馬くんが今まで同様に軽く流してたら、次は遊戯くんがイジメの標的にされたかもしれない。
「遊戯くんは海馬くんと一番親しいし、実際彼のために行動したのは遊戯くんだけだから。「坊主憎けりゃ袈裟まで…」って言うだろ?」
 遊戯は信じがたい気持ちで御伽に問いかける。
「で、でも、それなら御伽くんだって、落書きを消すの手伝ってくれたんだから…」
「ボクは遊戯くんを手伝っただけで、海馬くんのために何かをしようだなんて思っちゃいないよ。犯人も分かったはずさ」
 御伽は苦笑した。
「あの時遊戯くんは落書きを消そうと懸命で気付かなかったみたいだけど、「余計な事するな」って言う、嫌な空気があったんだよね。だからあの落書きに関しての犯人達はクラスにいると思うんだ…」
「そんな…」
 遊戯は朝の教室にいたクラスメイトの顔を次々思い出す。仲が良い者ばかりではないが、無闇に疑いたくはない。
「二度と海馬くんに嫌がらせは起こらないよ。「たかがゲーム」のカードのために人殺しをしようとするなんて、正気の沙汰じゃない。誰も悪戯程度で殺されたくないからね。
「海馬くんの悪役ぶりは凄かったなー。最初は野次馬根性丸出しで面白がってたヤツらまですっかり遊戯くんの味方だったものね」
 御伽は思い出したのかクスクス笑った。
(それが本当なら…いいな……。海馬くんはボクの事を助けてくれたのかな…)
 真相は分からない。御伽は遊戯を慰めるために推測話をしているだけなのだ。
「……でも、海馬くんがそんな事をする理由が無いよね…」
「遊戯くんを好きだからさ」
 御伽は答えをあっさり口にした。
 遊戯は呆然と御伽を見た。海馬が遊戯に「好きだ」と告白した事を、御伽が知っているはずがないのだ。
「ごめん。ただの推測なのに断定しちゃいけなかったね。
「海馬くんは遊戯くんに拘ってるから、自然とそう思ったんだ。――遊戯くんは彼にとって「特別」だから…」
 遊戯は込み上げる苦しみに、知らず胸の服を掴んだ。
「……違うよ…。ボクはそんな立場じゃない…」
 遠くに見える海は淡い色で輝いている。海馬の瞳に似た色だ。 まるであの海までの距離が自分たちの関係を表しているかに思えた。
「……正直に言うとボクは少し期待してたんだ。そのうち海馬くんも分かってくれるんじゃないかって。「友達」っていいなって…思ってくれるかもって……」
 遊戯は独り言の様に話し続ける。
「海馬くんにとって同格の者がいるとしたらそれは、もう一人のボクだ。彼が海馬くんの「特別」なんだ。……ボクじゃ、ないんだよ……」
 我慢していた涙が込み上げてくる。
「だから、辛かった。もう一人のボクがいなければ……ボクには、全く…価値が、な…いんだって……かいば、くんに…いわれた……き…がっ、して……」
 堪えきれず遊戯は嗚咽した。
 御伽は何も言わない。
 放っておいてくれたから気が済むまで泣いた。悲しい気持ちを全て吐き出したかった。
 
 しばらくの後、ようやく泣きやんだ遊戯に御伽はぽつりと呟いた。
「……遊戯くんは、海馬くんが好きなんだね」
 遊戯は御伽を見た。
 御伽は眼前に広がる童実野町の風景を見ている。
「……うん。ボクは海馬くんが好きだよ。じいちゃんは海馬くんのせいで死にそうになったし、みんなも酷い目に遭わされた。嫌な思い出がいっぱいある。
「……でも、心底嫌いにはなれない。友達になりたい。海馬くんの言うとおり、ボクはおかしいんだ」
「おかしくないよ。人を好きになる理由なんて色々だもの。
「君は海馬くんを好きだから助けようとした。誰だって好きな人の力になりたい、自分を必要として欲しい、って思ってる。当たり前のことだ。自信を持ちなよ」
 御伽の声は優しくて、遊戯の胸に染みた。
「自分で自分を価値が無いだなんて言っちゃいけないよ。遊戯くんを好きで、遊戯くんのために力になりたいって思ってる人を、君が侮辱する事になるんだよ?」
 すぐ思い出したのは城之内だ。彼は遊戯を助けるために炎の中、一人残ってくれた。
 杏子、本田、獏良、そしてもう一人の遊戯。かけがえのない大事な仲間たち。
(…みんながボクを助けてくれたのはボクを、好きだから…。ボクだってみんな大好きだ!)
 遊戯は彼らの力になりたいと強く思った。彼らは遊戯にその手を惜しみなく差し伸べてくれた。力を合わせて何度も苦難を乗り越えてきたのだ。今までずっと――。
 
 遊戯は気分を変えるために、両手でパンパン頬をはたいた。
(海馬くんの暴言なんて今に始まった事じゃ無かったぜ!)
 御伽の推測が全て間違いでも、その可能性があるだけで遊戯は救われた。
「……ありがとう御伽くん。ボクは今日何度も君に助けてもらったよ…。――ボクも君に何かあったら助けになりたい。その時は遠慮しないでね」
「ボクはもう十分、遊戯くんのおかげで助かってるよ」
 御伽は軽くウインクした。
 遊戯の「何を?」という視線を流して、御伽は大きく背伸びをする。
「――良ければボクの予想だけじゃなくて、もう一人の遊戯くんはどんな見解か教えて欲しいな。遊戯くんのピンチに彼が入れ代わらなかったのは、何か意味があると思うんだ」
 もう一人の遊戯は遊戯が危なくなると強制的に入れ替わる。だが、直前まで側にいたにも関わらず今朝に限って替わらなかった。
「――別に、何も……。むしろボクに怒ってたよ。海馬くんに関わるからだって…」
 御伽が来るまで傍らにいた彼は、遊戯にそう諭した。
「少しはボクも痛い目を見て分かれ、って事なのかな…」
 自嘲気味な遊戯に御伽は意味ありげに答えた。
「…もう一人の君は意外と臆病なんだね」


 その日より海馬への嫌がらせは起こらなくなった。多くの者が海馬の立場を思いだし、その危険性を深く認識したからだ。
 ここ数日の殺伐とした空気は一掃され、童実野高校に和やかな時間が訪れた。



 「ゲーム」十五日目。
 遊戯は購買でパンと飲み物を買って教室に戻った。
 最近の騒ぎのせいか、昼休みの教室には再び海馬しかいなくなっていた。
「海馬くん、一緒にご飯食べようよ」
 返事のない彼の横に借りてきた椅子を置いて座る。
「ボクはお弁当あるけど、これ海馬くんが食べるかと思って買ってきたんだ。サンドイッチなら片手で食べられるもんね」
 遊戯は騒ぎの発端となった忌まわしい食べ物を机に置く。パンに合わせるのはやはり牛乳だ。
 海馬は疲れを癒すように目を押さえ、長いため息をついた。
「……どうやら貴様は学習能力が無いのだな」
「うん。海馬くんが何回ボクを叩きのめしても無駄だよ。
「いただきまーす。お腹ペコペコだぜー。海馬くんはよく二週間もお昼抜きで頑張れるよねー」
 遊戯は膝に置いた包みを解き、早速ご飯を口に運ぶ。
「いらないなら食べなくていいよ。城之内くんの夜食にしてもらうから」
「駄犬には残飯で十分だ」
「海馬くんちの残飯なら豪華だろうねー。こないだモクバくんと食べた料理、すーごく美味しかったもん」
 小さな口で頬張る遊戯の姿は子猫の食事シーンに似ている。何を食べても美味しそうだ。
 遊戯をじっと見ていた海馬は、おもむろにサンドイッチの袋を手に取った。袋を開けて苦い顔をする。
「…パンが乾いてるぞ」
「嫌なら食べなくていいって言っただろー」
 素っ気なく返しながらも遊戯は安堵した。渡したパンを食べてもらえる程度には、海馬に信用されている事に。
(ボクは海馬くんのライバルじゃない。友達でもない。ボクは君にとってどんな存在なんだろう…)
 明確な自信が欲しかった。
「……海馬くんはボクを好きだって言ったけど、理由を教えてくれない?」
 声が小さくなってしまうのは、どうしても海馬の気持ちを信じられないからだ。
「その話は学校でするなと貴様が言ったのだがな」
「…じゃあ、海馬くん家で」
「オレは当分会社と学校を往復するだけだ」
「じゃあ会社」
「断る」
 遊戯はむうっと口を尖らせる。
「どこならいいんだよ」
「あとほんの半月の我慢だ。嫌と言っても教えてやる」
 海馬はニヤリと凶悪に笑った。恐らく遊戯が辟易する程語るに違いない。海馬は結構饒舌なのだ。
(半月後って、「ゲーム」が終わってからって事?)
 遊戯は正直、これほど海馬が「ゲーム」に本気だと思っていなかった。多忙な彼がそこまでして求める物が自分とは、納得がいかない。酒に酔った勢いで言い出した事に、引っ込みが着かなくなっていると思った方がまだ分かる。
 仕事が暇なのかとも思ったが、海馬の目の下には隈があって、疲労の深さが窺い知れる。昼食どころか、かなり睡眠不足なのだろう。
「!」
 じっと見詰めていると海馬に手を握られた。弁当を持つ左手を包むように。
「…今日は振りほどかないのだな」
「……お弁当があるもん」
 海馬の手は肌触りが良くひんやりしていた。握られている間に段々同じ暖かさになって、違和感を感じなくなる。
 触れてきた時と同じように自然に離されて、遊戯は物足りなく思った。
(ああ、そうか…)
「ボクね、海馬くんがデュエルしてる時の、手を見るのが好きなんだ」
 海馬は「何故今その話なのだ?」と不審な顔だ。
 遊戯はふふっと思い出し笑いをして、遠い目になった。
 海馬がカードをシャッフルする時の手も、伏せたカードを捲る時の指も、繊細で美しい。
 非情な手を尽くして手に入れたカードをかざす時、彼の表情はまるで――。
(…海馬くんにとってカードこそ、恋人みたいだよね)
 もう一人の遊戯もカード扱いが上手い。華麗な指先の動きにいつも驚嘆する。しかし、出来ない自分と比べて羨んだり悔しいと思う事はない。まして、大事にされているカードのように触れられたい、などとは――。
「……すごく、好きだ…」



『どういうつもりなんだ、相棒』
 自宅に帰った途端に現れたもう一人の遊戯は、かなり不機嫌だった。
『御伽も言ってただろう? 海馬に関わると相棒までいらない恨みを買うかもしれないんだぜ? 第一、オレとの約束を二度も破った』
 遊戯は彼に責められる謂われは無いと反発する。
「海馬くんへの嫌がらせはもう起こらない。君が海馬くんと関わるなって言ったのは、城之内くんがボクのせいで海馬くんとケンカをしないようにするためだろ? ボクが城之内くんのいない所で海馬くんと仲良くしたって、何の問題も無いぜ!」
 遊戯は彼に確かめたい事があった。
「――昨日、君はボクが危ない目に遭ってたのに代わろうとしなかったね。どうして?」
 遊戯は助けて欲しかった訳ではない。いつも過保護とも思える彼が、その時に限っていなかった理由が分からないのだ。
 しかも彼は、遊戯にも非があると言外に責めた。

――だから海馬に関わるなって言ったんだぜ。

 その言い方は城之内に関係なく、海馬に近づく事自体を許していなかったのだ。
 彼は遊戯の真っ直ぐな視線に耐えられず白状した。
『……オレは海馬と何度か厳しいデュエルを経験してる。奴が放つ殺気が本気かどうかくらい、すぐ分かるぜ』
「……じゃあ君は、海馬くんがわざと酷い事をしてるんだって知ってたんだ…」
『相棒を助けたと言ってるのは御伽だぜ。海馬の真意など分からないんだぜ? 相棒』
「じゃあ何故海馬くんが本気じゃないって、教えてくれなかったの?」
 遊戯が知りたいのはもう一人の遊戯の気持ちだった。
 彼は無言だった。その顔に謝罪の色はなく、意図的に隠していた事を裏付ける。
 遊戯は不安になった。彼はまだ何かを隠している。
「……まさか犯人がクラスの誰かだろうって事も、気付いてた?」
 彼は視線を逸らした。それが答えだ。
「何で黙ってるんだよ! 卑怯だと思わないの? 同じクラスにそんな事するヤツがいるなんて、許せないぜ…」
『相棒、よく考えてみろよ。騒ぎの発端は海馬だ。あいつが「ゲーム」を始めなければ、何も起こらなかったんだぜ?』
 負けじと遊戯は言い返す。
「それを言うならボクが安易に引き受けなければ良かったんだ。海馬くんの友達になれるかもって期待して、君の言う事を聞かなかったから、そうだろ?」
 彼は苛立ち焦っていた。遊戯が「ゲーム」を未だ真剣に捉えていない事に。
『相棒、とにかく「ゲーム」を阻止する手を考えようぜ。もう半月しか残ってないんだぜ』
「君は心配性だなぁ。そのうち海馬くんはギブアップするよ。かなり疲れてるみたいだったもの…。
「それに海馬くんが「ゲーム」に勝ったってボク男だもん。「恋人」なんてきっと冗談だって!」
 遊戯は下手なウインクを作った。
 言い争いなどしたくないし、彼から海馬を悪く言う話はこれ以上聞きたくなかった。
 だが、彼の怒りは大きくなった。
『海馬が冗談で自分の時間を浪費するわけ無いぜ! 
『ハッキリ言ってやる! 海馬はお前を性欲の対象として、自分の「モノ」にしたいんだぜ!』
 彼の剣幕に遊戯は絶句した。
『相棒は嘘つきだぜ。海馬から手を握られて振りほどかなかったのは、弁当を持ってたからじゃないだろう? お前――』
 瞬間、彼は遊戯が今まで見た事のない嘲笑を浮かべた。
『自分からあいつを誘ってたぜ。「好き」だって』
「そ、それは、海馬くんの手の話だよ!」
 遊戯は弁解した。今日言った言葉の気持ちはそれだけのつもりだった。
『相棒にその気がなくても海馬は思っただろうぜ。「ああ、コイツはオレのモノになりたがってる」ってな」
 彼は遊戯の気持ちが揺れ動いているのに気付いていた。遊戯が海馬の気持ちを信じて受け入れてしまえば、何もかも終わりだ。
 相棒をこれ以上追いつめるなと、冷静な部分が囁いてくる。
 それでも、彼はずっと溜め込んでいた物を吐き出した。
『お前は海馬の「友達」という特別な立場を得るために「ゲーム」の話に乗った。だが、海馬は「友達」を必要としていない。海馬に必要とされたいお前に残された手は「恋人」になる事だ。だからお前はその気が無いと言いながら、「ゲーム」が無事終わる事を願っているんだぜ。何が「男だから」だ。本当は海馬に抱かれたいと思っているくせに!』
「違う……」
 遊戯は部屋の中でじりっと後ずさった。彼を怖いと思うなど、【決闘者の王国】以降初めての事だった。
 いつも遊戯を気遣ってくれた彼が、これほど一方的に自分の考えを押しつけてくるなど、信じられない。
『違うなら何故自分から罠を仕掛けない。それこそ「ゲーム」の話をみんなにしたらどうだ? みんな手伝ってくれるぜ? 相棒のために。友達を守るために!』
「やめろよ! いくら海馬くんの「ゲーム」に納得いってないからって、そんな事君に言って欲しくない!君はボクの憧れなんだ。強くて格好良くて、やさしい。デュエルでは誰もかなわない。ボクは君のようになりたかった…」
『……じゃあ、オレになるか? オレであり、お前でもある、お前が理想とする者に』
 彼の額にパズルと同じ模様が浮かび上がる。千年パズルの力を使う時、必ず現れる光の紋章。
彼は遊戯に手を差し出した。それに触れれば願いが叶うと言うように。
 まるで時が止まったかに思われた、長い沈黙を破ったのは遊戯だった。
「ならないよ。ボクと君は違う。だからこそ惹かれるんだ。二人で一人になってしまったら、ボク達はまた、孤独になる」
 彼は答えなかった。
 遊戯はパズルの鎖に手をかけて外そうとした。
 どさりと音を立てベッドに倒れ込んだ遊戯の指から、鎖が滑り落ちる。
 無理矢理入れ替わった彼は起き上がると、床に転がっているパズルを拾い上げ机の引き出しに仕舞った。
 パズルを身につけない限り、二人の遊戯は入れ替われない。
「海馬なんかに渡さない…」
 

 遊戯は心の中、いつもの場所で彼を待っていた。
 今日の彼はおかしかった。いや、海馬が「ゲーム」の話を持ち出した時から何かを隠し、苦しんでいた。
(……ボクはそれに気付いていながら、もう一人のボクが言い出すまでと誤魔化して聞かなかった…)
 それは海馬と始めた「ゲーム」に原因があると分かっていたからだ。
 困った時は話し合って決めると誓った。最初に約束を破ったのは遊戯だ。だから彼から逃げる振りをしてここへ来た。
(ボクは君の力になりたい。君が今までボクを助けてくれたように…)
 ここでなら彼と触れ合える。本心を、誠意を、正確に伝えられる気がした。
『!』
 背後から彼に抱きしめられて遊戯は身を固くしたが、それはほんの一瞬だった。
 遊戯はほっと息を吐いて彼の抱擁を受け入れる。彼の体は暖かだった。
 気持ちがすれ違った時、遊戯はいつも彼と手をつないだ。触れ合う部分から色々な気持ちが伝わって、分かり合える気がしたからだ。
『あっ』
 遊戯の体はびくりと反応し逃れようとする。
『や、めてよ。もう一人のボク、くすぐったいぜ〜』
 首筋に彼が唇を寄せてきて、遊戯は笑いながら身をよじった。 彼がこんな「おふざけ」をするのは珍しい。きっと彼も仲直りをしたいのに照れくさいのだと思った。
 彼は我慢をやめただけだった。獲物が逃げられないよう、腕に力を込める。
『相棒、オレと一つになろうぜ』