それが望みなら




■3

この部屋で過ごすようになってからどのくらいの時間が経っているのか、ツナはもうはっきり思い出せなかった。
何しろツナの目には幾重にも布がまかれ、手足は枷が付き身体も薬のせいで自力では動かせない。
耳にはいるのはクラッシックと獄寺の声、医療器械と思われる機械音などで、日時の経過や季節の移り変わりなどが全く掴めないからだ。
獄寺も今の季節が何であるか、西暦で言えば何年であるのかさえ教えてはくれない。
しかもしょっちゅう惰眠を貪っているせいか、いくら日にちを数えても途中で曖昧になり、一ヶ月程度の気もすれば何年も経っているような気になるのだ。
身動きもままならず時間の経過も分からない状態では、いつの間にか眠りに就いて目が覚めても何の変化もない。
それこそ獄寺がツナをほったらかしてどこかへいなくなったとしてもツナは気付かないだろうし、そうなったところでツナはそれを確認する手だてもない。
ツナが無言でいても喉が渇いたり空腹になれば、経過時間や表情で分かるのか、獄寺は飲み物や食べ物を与えてくれたし、トイレも察知してすぐに手伝ってくれた。
むしろ獄寺はツナが目覚めているときはすぐ側で様子を見守っていて、ツナが不自由を感じないよう控えているといった感じだった。




単調な生活はのどかではあるが飽きもする。
勉強嫌いで運動嫌いのツナだが、漫画を読んだりTVを観たりゲームをするのは大好きだったので、それらがすべて出来ないのはやはりつまらない。
続きが気になっている漫画雑誌の連載ぐらいなら、自分で読めなくても獄寺にセリフや擬音を喋ってもらい紙面の状況を説明してもらえれば頭の中で想像出来るのになぁと恨めしくなったりもする。
ツナが暇なときにすることは大きく分けて三つだ。
一つは眠ることで、二つめは獄寺と話をすること。
獄寺は一度読んだ本は忘れない特技をもっていたので、彼が読んだ童話から科学や文学、果ては経済誌の株の変動まで、獄寺から語られる話は尽きることがなかった。
監禁される前のツナならば、自分に興味のない話題は眠くなってろくに聞いてない状態だったが、今は獄寺の話を元に想像を膨らませたり自分なりの考えを語り獄寺との会話を拡げていくのが楽しみになっていた。
知識の話ばかりでなく、獄寺はイタリア時代の、かつてツナが聞きたくても聞けないでいた頃の話もしてくれた。
それらはツナの予想を遙かに超えた過酷な状況や悲惨な有様が多かったのだけれど、獄寺の過去を知ることや過去を語ってくれることは嬉しかった。
お礼にあまり語りたくない自分の昔話などもする羽目になったが、獄寺はツナの話を楽しそうに聞いては、ツナが不当ないじめにあった話では心底怒り涙を零し、ささやかな悦びの思い出には心からの賞賛や励ましの言葉をくれた。
だから、皮肉なことに二人の仲は監禁前よりずっと濃密に良くなった。
お互いの知られたくない悲しい恥ずかしい過去や悦びを、包み隠さず共有する快楽は二人の心を一つに溶け合わせていくかのようだった。
そして三つ目は――



「ん……ふ……」

重なり合った唇からぴちゃぴちゃといやらしい音がする。
ツナは目が見えないからこそ余計に獄寺の丹念な愛撫や手順を脳裏に浮かべ、これからの快楽を期待してしまう。
ここで過ごし始めた最初の頃、獄寺は介護やツナを宥めたり安心させたりする時以外は決して触れてこなかった。
ツナがこの閉塞感極まる状態を受け入れて獄寺を許してからは、二三日に一度こうしてセックスをしている。
外で人目を忍び付き合っていた頃、獄寺は若さ故の暴走なのかツナを気遣いつつも性急で、ツナは気持ちよくもあるが痛かったり辛かったりすることも多かった。
けれど、今の獄寺はツナに快楽を与え引き出すのに熱心で、最後までしないことも少なくない。
ツナが焦れて我慢出来なくてねだると充分に与えてはくれるのだが、すべてをさらけ出してもう羞恥心などなくなったかに思える日常でも、自分から欲しいと言うのは恥ずかしかった。

「あっ……んっあっ――」

今日はツナがねだる前に身体の奥へ指を入れられた。
浅ましくひくつき獄寺の指を締め付ける身体。内部の弱いところをゆっくり暴かれると不自由な四肢にかあっと熱が走り汗が噴き出してくる。
呼吸がせわしなく途切れがちになり、嬌声は抑えられずよだれが零れても自分では拭えもしない。

「ご……くでら…ん」
「……入れますね」

喉へ伝ったよだれを舐め取られ耳元に囁かれる。低く掠れた大人の声にゾクゾクした。

「う……んっ」

じわじわと時間をかけて熱い塊が進入してくる感覚。
何度経験しても最初は異物感で肌があわ立つのだけれど、一番太い所を過ぎてしまえば期待と興奮が甘い疼きになる。

「はっ、っつ、だいじょ、うぶ、ですか?」
「……う、ん」

息を詰めながら問われ、ツナは呼吸を乱しながら答えた。
奥まで入れられると息が出来なくなるほど苦しい。それなのにゆっくり抜かれていくと自分の中を満たしていた存在がなくなっていくのが切なくて逃がさないように締め付けてしまうから、繋がった部分をよりいっそう意識してしまい全身が熱に包まれた。



「……10代目、10代目っ」
「ご、くでらくん……ごくでらくんっ……」

激しい呼吸とベッドが軋む音に粘ついた音が混じる。
ツナは息苦しくも恍惚の中で、獄寺に抱きしめられた我が身の奥に注ぎ込まれる熱い滾りを感じて震えた。
動かない手足の先までが痺れて満たされるような深い快楽で、不自由なはずの身体が浮かび上がり空中を漂っているような錯覚がした。




「熱くないですか?」
「うん。……ちょうどいいよ」

背後からの声に、ツナは快さから来るため息をつく。
暖かな湯船の中では不自由な身体がいつもよりも動かせるし、単純に気持ちがいい。
風呂は毎日入れて貰えるけれど、セックスをしたあとの入浴は快楽の疲労が癒されて、よりいっそう獄寺に対して感謝と愛情を感じるのだ。
しかも風呂のあいだは目隠しを外して貰える。
布で包まれていた目を思い切り開いて瞬くのも、軽く絞ったタオルで拭って貰うのも心地よい。
もっとも、灯りのついていない浴室はどんなに目を凝らしても何も見えないのだけれど、ツナにとっては目を閉じているあいだの闇よりも目を開けてみる漆黒の世界の方が安心出来た。

「……獄寺君、目は大丈夫なの?」

獄寺に髪の毛を洗われながら、ツナは気がかりを聞いた。
ちゃぷりと湯面が乱れる。

「大丈夫ですよ。10代目こそ、シャンプーが入るといけませんから、目を閉じててください」
「……うん」

目を閉じても眼前に広がる闇は先ほどと同じだ。
獄寺の病気は光が良くないらしい。
そう前置きされてから入浴のあいだ、浴室の中は真っ暗だった。
どこに何があるのか分からない闇の中で、獄寺は物を取り違えることもない。
ツナのベッドがある部屋も本当は暗くて、ツナの精神状態を保つために目が見えないようにされているのではないかと聞いた時、獄寺は曖昧な返答で明確なことを教えてくれなかった。
獄寺の病気についてよく知らないでいた頃、ツナは説得の言葉によく外の世界というキーワードを入れていた。
それはその頃のツナにとっては自由や健全な精神をイメージした言葉だったのだが、今にして思えば光が毒となる獄寺にとって、まさに死を早めるだけの誘いで決して延命にはならなかったのだ。
むしろ外界から閉ざされた場所で過ごすことが獄寺の身体と精神を守れるのだと分かってからは、以前の自分がきれいことを並べていただけの気がして自己嫌悪を感じる。
同時に、もし自分が獄寺と同じ立場になった場合を思い、深く納得もしたのだ。
ツナもきっと、いや、この場合獄寺はきっと、ツナのために自ら光の届かない不自由な世界へやってきただろう。

「……10代目、シャンプーしみましたか?」

ツナは首を振り嗚咽の声を堪える。獄寺の大きく優しい指先が愛おしく悲しかった。



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