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■2 (……母さん心配してるだろうな……) 獄寺に監禁されて数日後。 ツナは獄寺と自分以外の存在について思いを巡らせられるようになった。 何しろ気が付いたら監禁されてましたでは目先の状況を理解するのも困難で、獄寺に対しては悲しみや憎しみと言った数限りない愛憎の気持ちが渦巻き、食事が喉を通ったのもかなり時間が経ってからだった。 入浴はまだしも排泄はいくらセックスの時はあられもない姿を見せた事があっても、それだけは獄寺の手を借りるのは嫌だった。 けれど、人間には我慢の限界という物があって、漏らしかねないところまで我慢して、ツナは泣きながら思いつく限りの悪態を付きながら屈した。 どんなに羞恥プレイみたいなものだと思いこもうとしても、中学生のささやかなプライドは激しく傷ついた。 だからツナは当分獄寺と口をきかない事に決めた。 けれど、あれほど嫌悪した排泄の手伝いも一回されてしまったら、二回目三回目はどうと言う事はなかった。 恥じらいよりもやっけぱちなやさぐれた気持ちでいたのだけれど、獄寺は優しくて、こんな事は何でもないのだと、むしろ自分に任せて貰えて嬉しいですという態度に、ツナは小さな子どもになって無償の愛情を享受している気分になった。 獄寺のせいで獄寺の手を借りなければ何も出来ない状態なのだから、それはむしろ当然の事であるのに、犯罪に巻き込まれた被害者が犯人に同情してしまうストックホルムシンドロームのような、歪ながらも確かな信頼が生まれてきていた。 そんなわけで、ツナの口をきかない報復は1日ほどで終わった。 それからは思いつくままの事を口にすると、獄寺が必ず何かしらの反応をくれる。 やるせない気持ちが込み上げて罵りになっても、獄寺はツナの側でずっとツナの言葉を受け止めてくれた。 『……獄寺君。逃げたりしないから教えて。ここはどこなの? 大ざっぱでいいんだ。並盛町だとかそれ以外とか』 『それは、お教え出来ません』 『じゃあ、オレが突然いなくなって、母さんすごく心配してるんじゃない? 山本とか、ハルとかも。 リボーンはビアンキから獄寺君の病気の事聞いて、もしかしてって何か思ってるかも知れないけど、母さんが心配なんだ。 父さんは二年前に蒸発しちゃって、でも母さんは一人で頑張ってオレや、オレだけじゃなくて急に来たリボーンやランボやイーピンや、ビアンキもフゥ太もみんな家族みたいに受け入れて。 ……母さん、オレには悲しそうな所見せなかったけど、父さんがいなくなってやっぱり寂しかったんだろうな……。 だから普通だったらあり得ないくらい居候抱えちゃってても楽しそうにしてたんだ……。 ねえ獄寺君。母さんに連絡取りたいんだ。 オレがどこにいるかは言わなくていいから、とにかくオレは元気だって、いつかちゃんと帰るから心配しないでって、伝えたい。安心させたいんだ』 いつだって笑っていた母の姿を思い出すと、その有り難みが切なくてツナは涙声になる。 もっと優しくすれば良かった。 もっと気遣えば良かった。 もっと、もっと―― まだ数日しか離れていないのに当分帰れない懐かしい世界や人々を思い出すたび、二度と手に入らない物を懐かしむような悲しみが込み上げてツナはしゃくり上げた。 『……心配なさらなくても大丈夫です。お母様は今日も元気にお過ごしですよ。 10代目はオレと一緒にイタリアへ留学した事になっているんです。 だから、お母様も山本達もイタリアに思いを馳せながら元気に暮らしています』 『……留学?』 思いがけない返答に涙が止まった。 『手続きやアリバイ工作など全て、リボーンさんが協力して下さいました。 お母様達が手紙を出されてもちゃんとここへ届くようにして下さいましたし、こちらからも10代目の筆跡を真似て定期的に近況報告を送って頂く手はずになってます。 さすがに電話はまずいので、なかなか電話に出られない厳しい寮と言う事にしてもらいました。 万一何かあっても、リボーンさんが最善の対処をして下さる事になってます』 『……リボーンがこんな事を許したって!?』 それはツナにとって、獄寺の監禁と変わらないくらいの衝撃だった。 ツナが驚くのも無理はない。 そもそもリボーンはツナを立派な「ボンゴレ10代目」に育てるという9代目の勅命を受けてやって来たのだ。 最初はめちゃくちゃな事を押しつけてくる、泣き言を言えば生きるか死ぬかの究極の二択で有無を言わせない横暴な家庭教師だったけれど、少しずつツナは鍛えられダメツナと揶揄される事も減っていった。 日々の生活に於いてだけでなく、骸との闘いではリボーンの助言を得てどうにか勝利した。 何度へこたれそうになっても、リボーンは厳しくも深い愛情でツナばかりか獄寺達をも導いて来てくれた。 そのリボーンが、死を前にした獄寺の頼みを聞いて「10代目候補」を監禁させるだなんて。 普通に閉じこめられたのであればまだしも、ベッドで眠るばかりの状態で一年近く過ごした場合、素人判断でも筋肉は落ちまともに歩く事など出来ないと思う。 更に目隠しされて何も見えない状態では、視力も落ちて普通の生活が出来るようになるまでどれだけ時間がかかるか分からない。 ツナを「10代目」に育てているのなら、この監禁とその後のリハビリの時間は無駄ではないのか。 このままでは身体ばかりか知力も精神も衰え病む事はあれど、マフィアのボスになどなれるはずがないのではと、マフィアになるつもりは無かったにもかかわらず底冷えする気持ちでいっぱいになった。 リボーンがツナを「10代目」に育てるという目的を変更して、死を迎える獄寺の慰み物にしたのではないかと不信感が芽生えるのも当然だった。 ところが、そんなツナの心理を察知したかのように、リボーンは現れた。 『ちゃおっすツナ。元気そうじゃねーか』 目隠しをされているツナにはその姿は見られなかったのだが、自分と獄寺以外の者の気配を部屋の中に感じた。 鼓膜を震わせる可愛らしい肉声は、間違いなくリボーンの物だった。 『おまえっ! リボーンがこんな事獄寺君にさせたのかよ』 『オレは協力しただけだぞ。 ツナを監禁したいと言い出したのも、そのために計画を練ったのも、全部獄寺だ』 『何でこんなバカな事手伝ったんだ! 二人で閉じこもってたって獄寺君の病気が悪くなるだけじゃないか! 他の方法は無かったのかよ!』 『長くても一年の間だ。我慢しろ。 ここにいる間はツナが嫌いな勉強も命がけの修行もやらなくていいんだぞ。 毎日ぐーすか寝て、美味い物食って、だらだらしてりゃいーんだ。 面倒くさがりのお前にとっちゃあ、夢のような時間だろうに』 『悪夢だよ! オレは同じ一年間ならこんな寝てばっかりの生活じゃなくて、獄寺君に色んな事をしてあげたい。 これじゃあ獄寺君の病気が悪くなっても分からない。 オレは何にも出来ない。こんなのは嫌だ!』 ツナは懸命に訴えた。 獄寺は既に決心が固く思い詰めているため説得は困難が、リボーンは第三者として獄寺よりも冷静だろうと考えたのだ。 生い先短い教え子の頼みにほだされたと思われるリボーンも、合理的に理屈を考えて貰えればツナが訴えている事がどれだけ理に適っているか、希望と発展性があるか分かるはずだと。 『……どうしても嫌だってんなら、今すぐ自由にしてやるぞ。 その代わり、獄寺は自殺するだろうな。 ツナが我慢さえすればもしかしたら延命のチャンスもあるかも知れねーのに、獄寺はお前に裏切られたと思ってすぐさま死を選ぶはずだ。 つまりお前が獄寺を殺すんだ』 『そんなっ』 『中坊同士のままごと恋愛でも、お前は獄寺の恋人になったんだろう。 獄寺は今までお前のためによく尽くしてくれた。 その獄寺の最後の願いを聞いてやれねーのか。 死ぬまで一緒にいたいだなんて健気じゃねーか。 心配しなくてもここの設備は完璧だ。 24時間二人に異常がないか専門のスタッフが控えている。 獄寺がぱったりいってもお前はすぐに助けられるし、一年で弱った身体も特殊弾を使えば再生する。 お前はあとの事を気にせず獄寺の我が儘に付き合ってやれ』 ツナの希望は断ち切れた。 その後、ツナは何度も獄寺を説得した。 押しつけがましくならないように、あくまで獄寺のためを思っているのだと強調して、少しでも気が変わる事を願っていた。 しかし、以前あれほどツナの言葉に絶対服従的であった獄寺は意志を曲げず、二人きりの日々が続いていくと次第にツナも諦め気味となり、それについての話題を口にしなくなった。 時が経つにつれ、ツナは監禁やベッドに寝るだけの生活についてはもう諦念の域になっていた。 リボーンの言うとおりその生活は退屈ではあってものどかで気楽でもある。 獄寺は優しくて二人きりの生活の中、ツナを飽きさせないよう少しでも快適に過ごせるようにと何かと気を遣ってくれた。 元々流されやすいツナはこの異常な生活に順応し始めた訳だが、一つだけ、どうしても譲れない事があった。 とにかくそれさえ叶えてくれれば、絶対に逃げないと本心から訴えたのだけれど、結局諦めるしかなかった。 『……オレ、獄寺君の顔が見たい。ほんのちょっとでいいから目隠し取ってよ』 『すみません。それは無理です』 『どうして? オレの目が見えたって身体が動かないんだから逃げたりしないし、獄寺君はオレの顔見てるからそうでもないだろうけど、好きな人の顔が見られないのってすごく寂しいんだよ』 『……今のオレの姿を10代目に見られたくないんです』 『オレは獄寺君がどんな姿になってても君が好きだよ』 『あなたには以前のオレを覚えていて欲しいんです。 この姿を見られるくらいなら、死にます』 「死」の一言を出されると、ツナはそれ以上しつこく言えなくなる。 卑怯だと獄寺を心で罵り実際口にする事もあったが、その度獄寺はスミマセンと謝罪するばかりなので、悲しそうな申し訳なさそうな声を聞くたびツナは後悔した。 ツナは獄寺の病気がいかなる物なのかよく知らない。 遺伝のため移らない、未だ治療法が無く発症すれば数ヶ月、このままでも一年で死に至る奇病というぐらいで名前さえも知らないのだ。 問いつめても 『10代目は今まで聞いた事もない長ったらしい病名ですから』 と言葉を濁し、 『それでもいいから』 と頼み込んでやっと教えてもらった病名はイタリア語で話されたのでさっぱり分からなかった。 ツナの身の回りの世話をしているのだから、獄寺の身体は病気と言ってもこれまでと変わらない健康体に思える。 時々妙に声が低いというか酷く大人っぽかったり、足を引きずっているような気配が感じられたが、病気のせいで症状が悪化しているという感じでもなかった。 だから、今の姿を見られたくないという獄寺に、 『オレなんかウ○コしてるとこまで見られて恥ずかしいどころじゃないのに、なに一人だけカッコつけてんだよ』 といっそう罵りたくなる事もあったが、プライドが高く人に弱みを見せたがらなかった獄寺の性格を思い出すと、彼の 『姿を見られたら死にます』 と言う言葉は酷く重かった。 イタリア人の父と日本人の母を持つ、銀髪に灰緑の瞳でバランスの良い肢体を持つ獄寺は、それはそれは同性のツナから見てもカッコ良く、見ほれた事など何度あるか分からない。 女の子に騒がれても頓着していなさそうな獄寺だったが、自分の外見がよい事、それをツナが好ましく思っている事は理解していて、ツナを口説いたり誘ったりするときはここぞとばかりに己の魅力を利用する事もあった。 その獄寺が見られたくないというのなら、例えツナが本気で 『何も変わらないじゃん』 と思ったとしても、今の姿をさらす事は死を厭わないほどの苦痛なのだろう。 ツナは獄寺が好きだった。 監禁されて自由を奪われて、人間の尊厳も疎かと思えるような状態でも、獄寺が好きだった。 最後の瞬間まで側にいたいと執着する愚かしいほどに真摯な生き物が、愛おしくて堪らなかった。 獄寺は自分の命を盾にしながらその実、ツナに命を委ねていた。 ツナが望めば獄寺は己の死と引き替えに自由を与え、不自由と共に惜しみない狂愛を注ぎ込む。 誰もそれが間違いだと諭す事のない閉じられた世界で、毎日毎日命の続く限り繰り返されるのだ。 そうやって少しずつツナは慣らされ諦めていく。 監禁されている事、身体の自由を奪われている事、目隠しで何も見えない事、生活の全てを獄寺に助けてもらう事、外の世界で起こるあらゆる情報から隔離される事、その他色々な事を。 << >> 戻 |
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