誰よりも君を愛す


■9

「オレの恋人はこの世界の沢田さんだけです。たとえ同じと言われても――オレは、オレの10代目が別世界のオレに抱かれたら、嫉妬で狂います。……オレもあなたに誘惑されてつい色々……、清廉潔白とは言えませんが、最低限のラインは守れたと思います。同じ事をオレの10代目がされたらと思うと、やっぱり相手を殺したい気分ですが。
 ――あなたはオレを好きな訳じゃないのに何か理由があって、オレとセックスしなければいけないと思われてるような気がします」
「……」
「さっき捨てましたけど、昨夜ソファーの隙間からコントローラーを見つけました。最初の日、オレがナイフで外した玩具の分です。あなたはあれをそちらの世界のオレに無理矢理付けられて逃げてきたと仰いました。でもそれなら、コントローラーがあるはずがない。あなたは何かを隠してる。本当の事を教えて下さいませんか」
 ツナは獄寺から身を離すとその場に正座し俯いた。
「……ごめんなさい。でも、獄寺君とケンカしたのはホントなんだ。獄寺君に無理矢理……とかは大げさに言っただけで、そーゆープレイになっちゃっただけって言うか……」
「レイプされた訳じゃ無いんですね」
「ちちち違うよ! 獄寺君はしつこくて強引だけど、オレがホントに嫌なことはしないよ。ダメだって言ってもなかなか諦めてくれないから、面倒になってもういいやって思う事は多いけど……」
 ツナは弾かれたように顔を上げ、必死に説明してきた。獄寺は直視しないように視線を逸らす。
「あ、あの、目の毒なんで、服を着て頂けますか」





 数分後。獄寺は洗って干しておいた制服に着替えたツナとリビングのソファーに座っていた。テーブルの上にコンビニで買ってきた朝食と冷蔵庫に常備してあるコーラを出して、自分用にはミネラルウォーターのペットボトルを用意する。
「こんな物しか無いっスけど、良かったらどうぞ」
「うん。ありがとう、頂きます」
 ツナは遠慮無くグラスに注がれたコーラに手を伸ばした。しばらく二人は無言のまま食事を取る。
 獄寺は手元のおにぎりを囓りつつ、ツナに問いたい事柄をどう切り出そうかと長考した。裸のツナを目の前にして長々話をするのはツナの身体のためにも自分の精神にも良くないと思って場所を改めたのだが、いざこうして時間をおくとタイミングが掴めない。
「……オレ、ホントは大人の獄寺君にもう一度会いたかったんだ……」
 サンドイッチを頬張りながらぽつりとツナが呟いた。
「君だから言えるけど、オレ、最初、獄寺君が怖かった。声大きいし行動は荒っぽいしすぐケンカするし目つき悪いしマフィアだし、そもそもはじめはオレを殺そうとしたわけだし」
「す、すみません。あの時は、とんでも無いことをっ」
 獄寺がソファーを飛び降りて土下座しようとすると、ツナは慌てて隼人君じゃないからと止めてきた。けれど、獄寺にとってはかつて自分が綱吉にやらかした過去と同じなのだ。以前『あの頃の獄寺君はちょっと苦手だったな』と軽い口調で綱吉に言われたことを思い出し、自分が思うよりも綱吉に迷惑と恐怖を感じさせていたのではと今更ながら真っ青になった。
「隼人君もここのオレに同じことしたのかも知れないけど、これはあくまでオレの話だから、気にしないでいいからね」そうツナは何度も前置きして話を続ける。
「大人の獄寺君に会ったのはホントに偶然だったんだ。ランボの異次元バズーカが狙いを外れてオレに当たっちゃって。ランボから話には聞いてたけど、見たこともない部屋で大人の獄寺君と会ってすごくビックリした。だって獄寺君、めちゃめちゃ背も高くて肩幅も広くて一回でも殴られたら死にそうってくらい大きくて、そんで、オレの中のイメージは元の世界のケンカっ早い獄寺君だったから、オレ、メチャクチャ怖くて失神するかと思った。だけど――大人の獄寺君は中学生の獄寺君と全然違って、大声出さないしダイナマイトも投げないし、いきなり現れたオレの話を信じてくれてオレが不安にならないよう側にいて親切にしてくれた。ご飯も作ってくれた。美味しかった。大人の獄寺君はディーノさんみたいに格好良くて優しくて、ずっとドキドキしてた。……オレ、異次元に飛ばされて不安だったからかも知れないけど、大人の獄寺君を好きになったんだ。ホントは京子ちゃんが好きだったのに。
 だから――元の世界に帰ってから、獄寺君も大人になったらあんな風になるのかなって意識しちゃって、そのうち獄寺君のいい所や可愛い所が分かってきて、好きになって、告白された時すぐOKしたんだ。
 そんな感じだったから、オレはいつでも大人の獄寺君と中学生の獄寺君を比べてた。獄寺君が無茶したりワガママ言ったり色々あるたび、オレは大人の獄寺君を引き合いに出して文句言ったりした。……それが獄寺君を傷つけて不安にさせてるって分かってたけど、オレにとっては大人の獄寺君との出会いがあったから、中学生の獄寺君をそう言う意味で好きになれたわけだし、大人の獄寺君みたいになったら問題も起こさないだろうし、獄寺君に変わって欲しかったんだ。
 あの日――獄寺君は最初山本のことで嫉妬してたんだけど、エッチしたあと玩具で遊んでる時に向こうが大人の獄寺君の話を始めて、ケンカになったんだ。獄寺君があんまり大人の獄寺君の悪口言うからオレ腹が立って、嫌がらせのつもりで『別世界の獄寺君と浮気してやる』って言ったんだ。そしたら、大人の獄寺君はオレを抱くはずがないって、あんなにオレのこと毎日求めてくるくせにオレに魅力がないみたいなこと言うからスッゲーむかついて、気付いたら獄寺君が倒れてた。オレが殴ったみたい」
「……お、覚えていらっしゃらないんですか」
「一瞬死ぬ気になったみたいで…」
 獄寺は内心隼人に同情した。もちろん隼人が殴られる原因を作ったのだが、異世界のしかも年の違う自分を引き合いに出されて比べられていれば、隼人のやり場のない憤りに共感してしまう。
「玩具の鍵が見つからなくて仕方なくコントローラー持って帰ったんだけど、オレ本気で別世界の獄寺君と浮気するつもりだったから都合が良かったんだ。大人の獄寺君に会っていきなり抱いてくださいって言ってもどん引きされちゃうだろうけど、元の世界の獄寺君に無理矢理…って話をすれば同情して貰えて、そっからエロいことに持ち込めるかもって打算があったんだよね。でもあの時の獄寺君には会えないし、君はここのオレに夢中で、オレのことほったらかして出て行こうとするから、オレ、どうしたら君の気を惹けるか必死だったんだ。恥ずかしかったけど自分からキスしたり、自分でコントローラーのスイッチ入れて誘ったり、頑張ったのに君はちっとも手を出して来てくれなくて。そりゃ、無理矢理乱暴にされるよか全然いいけど、獄寺君が言ってたとおり、ホントはオレ、獄寺君以外はその気にさせられないのかなって悔しくなった。君に大事にされてるここのオレが妬ましくて奪っちゃおうとか思ったり、でも高校生の隼人君に獄寺君と同じことされたらオレ壊れちゃわないかなとか、ちょっぴり不安もあったりして、君に迫りつつも君が手を出してこないことに安心したりむかついたり、もうすごく煮詰まってた」
「……す、すみません」
 なんとなく申し訳なくなって獄寺は謝罪した。ツナに誘いをかけられるたび獄寺はなるべく動揺を隠して耐えていたのだが、ツナはツナでそんな獄寺に業を煮やしたり安心したり、中学生らしく葛藤を繰り返してきたのだと分かって微笑ましくなった。
 その反面、振り回されていた状況に理不尽な物を感じる。
「隼人君がここのオレとケンカしてるなら仲直りするまでがチャンスだって思ってたから、昨日は携帯、ホントはオレがこっそりリビングから持ち出してたんだ。携帯のこと聞かれた時はどうやって誤魔化そうかとメチャクチャ焦ったよ。あ、中は見てないよ。オレのいない所で二人がメールや電話で仲直りする機会をちょっとでも邪魔しようと思ってただけだから。……嘘付いてゴメンね」
 上目遣いに見上げられて、獄寺はだんだん分かってきた。獄寺に申し訳ないと示しつつ、このツナは甘えている。隼人と同じように獄寺も許してくれるだろうと期待しているのだ。見た目は可愛いが、ツナは同じ頃の綱吉よりもずっとしたたかで計算高い。
「……ちょっと変だとは思ってたんです。どう考えても携帯をリビングのテーブル以外に置いた記憶が無いし、それに夜中に目が覚めた時、寝室は真っ暗でした。あなたは暗い所は苦手だと仰ったし10代目もそうですから、側にいて欲しいと頼まれた時は何も不思議に思いませんでしたが、あなたは本当は暗くても平気なんですね」
「そうだよ。オレの嘘泣きを君が本気で慰めてくれたから、オレは獄寺君に酷い扱いされてる弱っちい奴のふりをしようと思ったんだ。まあ実際オレは弱いけど、ぶりっこするぐらいの方が隼人君の受けがいいかと思って」
「……嘘泣きだったんですか」
 幼い姿に目が眩んでいたとは言え、寂しそうな横顔や嗚咽する姿を思い出すと未だに演技だとは思えない。しかし、ツナが悪びれることなく「オレ嘘泣きは得意なんだ」と言いだしたので、いっそうこれまでの違和感が腑に落ちた。
 獄寺はツナを綱吉と区別しつつも、かつての綱吉と混同していた。だから無意識のうちに綱吉と同じ所や近い部分は殊更良いことのように注目し、違う部分はさり気なく意識から外してきた。例えば、ツナが暇つぶしのTVでニュース番組を見ていたことなどを。綱吉ならば勉強の一部だとリボーンに言われない限り自分からニュースなど観ない。ましてや、獄寺にとっては綱吉が「嘘泣き」するなど思いも付かないことだ。
 獄寺は自然に深いため息をついた。本気で心配したツナの話はどこまでが本当だったのか、ツナの目論見に気付かず綱吉とのケンカも利用されていただなんて、睡眠不足のせいだけでない苛立ちが込み上げる。
「……ゴメンね隼人君。君の優しさに甘えて嘘付いて利用してゴメン。でも、君を好きだって言ったのはホントだよ。最初は当てつけで浮気するつもりだったけど、君にならいいと思ったんだ。だけど――、君は獄寺君の言ったとおりオレを抱かなかったね……」
「これ以上誘惑しないでください。かなり無理して紳士ぶってるんです。直接最後まではしてませんが、オレは妄想の中ではあなたを犯しました。昨夜だって、やっとけば良かったと何度も後悔してたんです」
「……オレの誘い、効いた?」
 小首を傾げたツナの瞳は無邪気で罪悪感の欠片もない。それだけにたちが悪い。子どもはささやかな自尊心のために他者を翻弄しようとする。
「効きまくりです。我慢出来たのがおかしいくらいです。お願いですから二度とこんなこと、しないで下さい。そっちのオレはあなたにご迷惑ばかりかけてろくでもない奴だと思いますが、あなたを本気で愛しています。あなたを失ったらきっと生きていけません。だから、誤射とかならまだしも、自分から異世界に行ったりよその男にモーションかけたりしないで下さい…!」
 獄寺は綱吉がツナと同じことをした場合を想像してしまい、思わず涙ぐんだ。涙が零れる前に拭おうとしたが見られてしまった。格好悪いが仕方ない。
 ツナは獄寺の涙を見てはっとした表情になり、顔色を変えた。
「……あなたは酷い。人の気持ちを利用して、見せかけの反省を口にすれば許されると思ってる。
 三日だけ会った大人のオレがそんなに好きなんですか。子どものあなたに三日程度なら、そりゃ大人のオレは全力でカッコ付けて隙がないよう見せかけますよ。そんな奴と、中坊のオレを比べられても、中坊のオレにはどうにも出来ない。大人になるまでの時間を飛び越えるなんて無理なんですから。
 あなたはオレを何度も優しいと、我慢強いと褒めて下さいましたが、それは中学時代から何度もヘマをしたり10代目に迷惑をおかけして、反省したり後悔したり、少しずつ欠点を直してきたからなんです。ずっとオレの駄目な所を10代目が許して下さって、オレのちょっとずつの頑張りを分かって下さったからで、年を取ったから自然に直った物でも、いきなり変わった訳でもないんです」
 獄寺は沸き上がる気持ちを吐き出しながら、隼人を想った。そんな扱いを受けながらも隼人はツナを好きなのだ。ツナだけが隼人にとって唯一の君主であり恋人で、絶対の存在なのだから。ライバルが決して会うことのない異世界の自分だなんて、どこにもその怒りもやるせなさも向けられない。きっと隼人が本心をツナに伝えることはないだろう。恐ろしくガキのクセにそれを認めることも出来ないやっかいなプライドは、かつての自分と同じで理解出来すぎた。
「今、分かりました。中坊のオレがあなたの身体ばかり求めるのは、あなたがそれしか与えて下さらないからです。恋人になってセックスしても、あなたはいつだって別の男を想ってる。もしオレに抱かれていたとしても、やっぱり大人のオレと比べるんでしょう? 
 あなたは――残酷な人だ…!」
 異世界といえどあるじに意見するなど、許されないことだと思う。しかし、ここで獄寺が言わなければ、誰がツナを窘められるだろう。隼人に愛されることを当然として、獄寺さえ意のままに動かそうとした、思い上がった子どもを。
 ツナは獄寺の非難を黙って聞いていた。その顔色は血の気が引いて白っぽく、目元だけほんのり赤みを帯びている。ツナは長い間視線を足下に落とし、部屋に沈黙が降りてきてからも身じろぎ一つしなかった。
「……ごめんなさい。オレ……軽い気持ちで、獄寺君と君に酷いことをした。獄寺君がどんなにオレを大事にしてくれてるか分かってたのに、分かってて、舐めてた。君のことも君がここのオレを思ってる気持ちも見くびってた。いっぱい嘘付いて、迷惑かけて、それでも許して貰えると思ってた。……傲慢だった。ごめんなさい……」
 ツナはぼろぼろ涙をこぼししゃくり上げる。獄寺はそれが嘘泣きだとは思わなかった。
「……オレのことはもういいです。でも、そっちのオレは大人のオレと比べないで頂けると、多分、もう少し扱いやすくなると思いますから……」
 抱き寄せて胸を貸すとツナは何度も頷きながら謝罪を繰り返した。





 ツナが泣きやんで落ち着いてから、獄寺は湯を沸かしココアとコーヒーを入れた。温かい飲み物を勧めながら食べかけのおにぎりを囓っていると、ツナがぽつぽつ語り出した。ツナは獄寺の同情を引くために隼人の強引さを強調し迷惑がっているふりをしていただけで、実のところ隼人の執着心も変態じみた嗜好もむしろ、「そんなにオレが好きなんだ」という喜びさえ感じているのだと。
「……獄寺君は変態だけど、オレも同じなんだよね。簡単に許したりやらせたらすぐ調子に乗るからもったいぶったりお預けさせたりしてるけど。……ホントは獄寺君とエッチするの好きだし……意地悪言われたり恥ずかしいことされるのも平気なんだ。
 ……オレ、獄寺君が好きだよ。自分が浮気するつもりで来ておいて変だけど、君がオレに手を出さないでくれて良かった。オレも、獄寺君が別のオレと浮気したら……すごく悲しい。……大人の獄寺君も好きだけど、それは憧れみたいな物なんだって分かった。だから、これからは獄寺君と比べない。オレも隼人君みたいにちょっとずつでもいいから悪い所を直して、もっと獄寺君に好きになって貰える努力をする。今のままだと、もし獄寺君が別世界に行っちゃってすごく出来のいいオレに会った時、浮気しないで貰える自信ないから……」
「……帰られたら、仲直りしてくださいね」
「うん。……ありがとう」
 両手でカップのココアを飲みながら美味しいと笑顔を見せるツナに、獄寺は安堵し心から異世界のあるじと隼人の幸福を願った。
 あとはツナが元の世界へ戻る時を待つばかりとなり、まったりとしつつも和やかに過ごしていたその時、甲高いベルの音が鳴り響いた。
 獄寺の住むマンションのベルは、押している間中ビービーと音がする。そのため大抵は一度軽く押されてから間をおいて、一度目よりは長めに押されることが多かった。しかし、その訪問者は最初から力押しで、嫌がらせかと思うほどの音量が延々続いた。
 ツナから動揺した視線を向けられ、どうせ勧誘か何かだと思い無視しようと決め込んでいた獄寺は腰を上げた。その途端音が止み、諦めたのかと思わせて今度はドンドンとドアを叩く音が響いてきた。
「獄寺君いるんだろ! 獄寺君! 獄寺君!」
 綱吉の怒鳴り声に獄寺は血の気が引いた。リビングの時計を見ると既に学校が始まっている時間だ。今日は休むと連絡を入れておいたし、学業に厳しいリボーンのせいで綱吉が学校をさぼるなど考えもしなかった。
「誤魔化しますから隠れてて下さい」とツナに告げて獄寺は玄関に向かう。
「今開けます」
 扉の向こうへ声を掛けると、綱吉はやっとドアを殴るのも大声を出すのも止めてくれた。
 コンビニに買い物へ行って帰ったあとは面倒でチェーンを掛けなかった。そのため玄関の錠をひねると、すぐにドアが引かれ綱吉が入り込んできた。
 獄寺にとって会いたくて堪らなかった愛しい恋人は、仏頂面で玄関に入るなり辺りをきょろきょろ見回し、何故か玄関に備え付けの靴箱を開けて中を物色した。
「あ、あの、どうされ――10代目、学校は……」
「篠原さんは? 来てないの!?」
「は? 誰ですかそれ。だ、誰もいませんよ?」
 獄寺にとって綱吉の行動も問われた名前も意味が分からない。とにかく綱吉を玄関口で引き止めている間、ツナが見つかりにくい所に隠れていてくれればと願うばかりだ。
 綱吉は靴箱から顔を上げ獄寺を見上げてくる。いつもより明るい琥珀色の瞳はあるじがハイパーモードと呼ばれる状態の時に似ていた。額に炎は灯っていないのでリボーンによる特殊弾を受けたわけではなさそうだったが、ボンゴレの血統が持つ『超直感』が発動すれば、ツナばかりかツナとの間にあったこと全てを知られてしまうと緊張が高まる。
 獄寺を見上げる綱吉の眼光が僅かに柔らかくなり、その気配につられて獄寺が綱吉に触れようと身動きした瞬間、背後でガタンと物音がした。途端に綱吉の表情が強ばる。
「やっぱり誰かいる!」
「誰もいません。さっきのは適当に積んどいた本が崩れた音ですよ。10代目、待って下さい!」
 綱吉は獄寺の制止を振り切り部屋に上がり込むと真っ先にリビングを覗いた。そこに二人分のマグカップや食事のあとを見つけ、怒りの形相で残りの部屋を探し始めた。キッチン、トイレ、バスルームと来て、最後は寝室に入られる。綱吉を止められず後ろからあたふたとついて行くばかりだった獄寺は寝室の中を見て観念した。せめてクローゼットに隠れてくれていればまだ時間稼ぎが出来たものを、ベッドの上が人型に膨らんでいる。
 綱吉はどかどかと足音を立てて近づき、躊躇いなく布団を剥ぎ取った。
「!?」
「ひいぃいい!?」
 声もなく固まった綱吉とは反対に、獄寺は悲鳴を上げた。そこにいたツナはどうしたことか、全裸だったのだ。
 ツナは固まった綱吉を見上げ、ベッドの中で猫のように気怠げな伸びをした。
「なななにこれっ、ど、どど、どういうこと!?」
 布団を放り出し、綱吉が青い顔で振り返った。さすがに綱吉も、まさか中学時代の自分がいるとは思わなかったのだろう。見つかった以上は正直に話すしかないと獄寺は心を決めたが、その前にツナがからかうような声を出した。
「オレは別世界のお前だよ。オレの世界には異次元バズーカがあって、それでここへ来たんだ。だから、オレもお前と同じ沢田綱吉。獄寺君とは恋人のね……」
 途端、ツナの存在に怯えの色を見せていた綱吉の顔が険を持つ。
「……何で裸なんだよ」
「何って、見れば分かるじゃん」
 ツナは艶めかしく横たわったまま綱吉を挑発してきた。恋人のベッドで全裸の人間がいれば、想像することは一つだろう。
「お前が全然させてくれないって獄寺君が言うから、可哀想になってしちゃったんだよね」
「ちちち違います10代目っ! やってません! オレはあなただけですからっ!」
 獄寺は全力で否定した。けれど、裸のツナは「もうばれちゃったんだからいいじゃん」だの「隼人君は優しくて激しくてすごかったなー」などとうっとりした表情でのたまった。
 蒼白になった綱吉に獄寺の説明や弁解は届かず、綱吉は無言で寝室を出て玄関へ向かう。
「待って下さい10代目!」
 獄寺は追いかけた。綱吉の背中から溢れる怒りのオーラにビクつきながらも、腕を掴んで力ずくで引き止める。
「誤解です。ちゃんと最初からご説明します。オレの話を――」
「……っこんなものっ!」
 綱吉が振り向いたかと思うと、獄寺の顔に痛みが走った。背後に高い金属音が転がって、綱吉の小指にはめられていた指輪を投げつけられたのだと分かった。
 あの日獄寺が綱吉に送った指輪は、これまで何度喧嘩しようと、クラスメイトにからかわれようと、教師に注意されようと、ずっと付けていてくれた物だった。綱吉の指にはめて貰えているのを見るたび、獄寺は不安な日々の中に一筋の光明を感じていた。
 それが、投げ捨てられるだなんて。
 獄寺は天地が変わる程の衝撃を受けた。部屋を出て行こうとする綱吉をとっさに抱きしめる。
「離せ! 離せよ!」
「離しません! どこにも行かせません!」
 獄寺は腕の力を強くした。ここで綱吉を行かせてしまえば、二人の関係も幸せだった日々も、きっと二度と戻らない。
 必死の獄寺は、指輪をぶつけられた自分の頬から血が流れていることも気付かなかった。


  <<   >>
    



□20071214 up