誰よりも君を愛す


■10

「オレはあなただけです。あなただけがオレの全てで唯一なんです。信じて下さい!」
 獄寺は暴れる綱吉を抱きしめて繰り返した。獄寺の腕から逃れようとする綱吉からひじ鉄や蹴りを繰り出され、痛みに呻いても離さない。
 そのうち暴れ疲れたのか、綱吉は動きを止めたかと思うとわなわな身体を震わせて叫んだ。
「獄寺君は酷い! そうやってオレを信じさせて騙して、その手には乗らないからな! オレを捨てるつもりのクセに!」
「……っ、なんでオレが10代目を捨てるとか騙してるとか思われてるんですか!? オレはずっと、あなたに部下以上の気持ちを持ってからずっと、あなただけ愛してます。あなたが一番大切なんです」
 綱吉の非難は獄寺にとって心外なことばかりだ。今この場で刺客に襲われたら獄寺は迷い無く綱吉を守るだろう。忠誠心以上に愛しい人を救うために。
 綱吉の思いがけない言葉に驚いたせいで、獄寺の腕から僅かに力が抜ける。綱吉は乱暴に腕を振り払い、獄寺の正面に対峙した。大きな目にうっすらと涙を溜めた綱吉は、怒りのためか唇を戦慄かせ、更に衝撃を告げた。
「オレ、知ってるんだからな。オレがボンゴレのボスになったら、獄寺君はオレの恋人をやめるんだろ!? オレを捨てるんじゃないか! 君は酷い! 分かってたら、セックスだって最後までしなかったのに!」
 綱吉はしゃくり上げ涙を零した。獄寺は綱吉の姿と言葉に瞬間、頭の中が真っ白になった。確かに綱吉がボスとなった時は身を引けとリボーンに約束させられた。不本意ながら従うつもりで心構えもしていたけれど、それは次第に獄寺の中ではどうにかして回避出来ないかと思う命題になっていた。
 しかし、それよりも何よりも綱吉は誤解をしている。獄寺は綱吉を騙したりしていない。綱吉を「捨てる気」など、一ミリも有りはしないのだ。
 自分の気持ちを疑われていたばかりか、綱吉は知らないはずの秘密を知られていた事は獄寺を固まらせた。時間にしてみればほんの僅かだったが、綱吉は獄寺が図星を指されたと思ったのだろう。綱吉の泣き顔が皮肉な笑いに変わる。獄寺を嘲笑すると言うより、自嘲めいて絶望を含んだ瞳だった。
「何でオレが知ってるか不思議? あの日、獄寺くんに抱かれた夜の朝、オレは気がたかぶってて早く起きた。君の寝顔を見ながら幸せに浸ってた。その時君の携帯が鳴って、すぐにリボーンからだって分かった。君は起きそうにないし、もう少し寝させてあげたくて、オレは君の代わりに電話に出た。そしたらリボーンが、オレが喋る前に君と勘違いして言ったんだ。『約束を守れよ』って。『ツナがボンゴレボスになったら、お前は適当に恋人を作って別れろ』って!
 オレが、どんなにショックだったか、君に分かるか!?
 君はリボーンと約束してた。最初からオレを騙してた!」
「それは違います!」
 獄寺は叫んだ。
「違わない! 君は酷い!」
 綱吉は苛立ちをぶつけるようにその場で激しく地団駄を踏んだ。綱吉の剣幕と階下の住人が迷惑だと駆け込んで来そうな程の音に、獄寺は怯み声を失う。
「オレをこんなに好きにさせといて! オレがどんな気持ちで君に好きだって言ったか、どんな気持ちで君に抱かれたか、知らないくせに!
 オレは獄寺君とずっと一緒にいたくて、君をオレだけのものにしたくて、君が望んでるのなら、オレは大嫌いなマフィアになるためにイタリアに行ってもいいって思ったから、許したのに――。あの夜は凄く幸せだったのに……君が最初から別れるつもりだったなんて、酒でも飲まなきゃやってられないよ!」
「誤解です! 確かに最初、リボーンさんに言われました。沢田さんがボンゴレ10代目に就任されたら別れろと。オレはあなたを好きになってずっと、この想いは叶わないと諦めてました。だから、その時は期限付きでもいいと思ったんです。あなたはいずれ多くの人間を統べる偉大なる存在だから、オレ一人の物になってはいけないと、許されないと思ってました。でも!
 あなたの恋人になれて幸せを感じるたび、10代目就任なんて来なければいいと思ったんです。あなたほどボスに相応しい人はいないと、あなたの右腕としてお側で仕えたいと本気で思いながら、あなたがオレ以外を側に置かれる日が来るのが恐ろしかった……。
 あなたを、誰にも触れさせたくない。例え、誰もが認めるあなたに相応しい相手が現れたとしても、オレは諦められません。あなたを愛してる。誰よりも、あなたを愛してるんです。信じて下さい…!」
 獄寺が切々と訴えると、綱吉は睨み付けていた眼差しを僅かに緩めた。
「……ホントに? ホントにオレを好き? ホントにオレが10代目になっても捨てたりしない? もし、オレがマフィアにならなくても……オレといてくれる?」
「もちろんです! オレはあなたの側にいられるなら、あなたがマフィアだろうがサラリーマンだろうが、何だっていいんです。あなたの右腕としてあなたのお役に立ちたい気持ちは変わりませんが、何よりも、あなたと一緒にいたいんです。あなたの恋人として、一番かけがえ無い存在として、必要とされたいんです。
 でも――いつか、『やっぱり女の子がいい。自分の子どもが欲しい』と、仰るんじゃないかと。そうなっても仕方ないと、怖くて……」
 獄寺は言葉に詰まり愕然とした。激情のままに吐き出した言葉は本心だったのだが、自分が部下として自戒していた気持ちの中に、自分では直視出来ないでいた不安がずっと存在していたことに。
「……オレも怖かったよ。信じてた君に裏切られて悲しくて悔しくて、でも、どうしても君を嫌いになれなかった。君が好きで、誰にも取られたくなかった。だから、オレがボンゴレ10代目になっても、君がオレを捨てたくならないようにするにはどうしたらいいか、オレがマフィアにならなくても君がオレを好きでいてくれるにはどうしたらいいかオレなりに考えて、――結局もうやっちゃって価値がないのに、自分の身体を勿体ぶるぐらいしか思いつかなかった……。
 最初から知っていれば、オレはずっと最後まではしなかった。獄寺君を焦らして少しでも未練を持ってもらうために。だけど、君はもてるし、遊びでもいいって言う女の子もいるはずだし、オレがエッチさせないでいると浮気されるんじゃないかって、それどころかオレに飽きたり嫌いになったりするんじゃないかって、ずっとずっと怖かった。だから時々気まぐれを装って君に甘えたりしたけど、君とイチャイチャしてる時が幸せであればあるほど、いつか来るかもしれない未来が怖くて、いつまでも部下としての立場を越えてくれない君に腹が立って、焦らし作戦をやめるわけにはいかないって我慢してた。
 でもホントは毎日だってイチャイチャしたかったし、セックスだっていっぱいしたかった。君がいけないんだ。最初の夜に、あんなに気持ちいいことされたら、知らなければ我慢出来たのに、勿体ぶる作戦も上手くいかないじゃないか…」
 獄寺は綱吉の告白を呆然としながら聞いていた。獄寺の求めを拒んで妙にひねくれた態度を取るようになったこと、突然甘えられて気を許すとすぐさま身体目当てなのかと罵られたこと、いつも仏頂面で笑ってくれなくなったこと、些細な言いがかりとも思える事で絡んできては最終的に獄寺のせいにされたこと、獄寺が不可解で理不尽だと思っていた綱吉の言動一つ一つには綱吉なりの重大な意味があったのだ。獄寺をつなぎ止めようと、部下としての気持ちよりも恋人としての感情で反応して欲しいと。それを全く分からず困惑し遠慮がちな態度しか取れなかった獄寺は、綱吉の努力を無駄にし傷つけてきた。獄寺が物わかりの良い忠実なる部下であろうとすればするほど、綱吉は理不尽なことには真っ向からぶつかって我が儘を言うくらいの恋人としての反応を求めていたのだ。
 綱吉は何度も獄寺を責めた。『酷い』と。言われるたび謝りながら、何も分かっていなかった。
 平和な日本で暮らしてきた少年が、突然マフィアの次期ボスだと言われ修行させられたり命を狙われたり、己の命ばかりか家族や友達さえも巻き込んだ闘いに挑む羽目になったり、初恋の少女とは真逆の男に言い寄られてマフィアになるかも知れない未来を見据えて身体を許したら、相手はいつか自分と別れて部下の立場に徹するつもりだったなんて――
 自分を好きなのかと問うた獄寺に綱吉が激怒したのも当たり前だ。綱吉はいつだって獄寺を好きだからこそ、悲しさや悔しさを堪えて獄寺の気持ちをつなぎ止めておこうと必死だったのだから。恋愛スキルの低い不器用な二人には最善の手段とは言えないが、綱吉が自力で考えた精一杯の作戦だったのだ。
 そんな綱吉の心情を思うと、獄寺は申し訳なくて仕方なかった。獄寺は嗚咽の声を漏らし、その場にうずくまる。
「……す、みません……すみません……ご、めんなさい…オレは……あなたに、酷いことを――あなたをずっと、苦しめて悲しませていました。許して下さい許してください許してください…」
 獄寺は恥も外聞もなく、ただ心のままに綱吉へ謝罪した。あの夜から数ヶ月、寂しく辛い思いをしたのは自分だけでなく、むしろ綱吉の方だったのだと思うと、自分が許せなかった。
 ギシリと綱吉がその場から動いた音がして、獄寺は反射的に顔を上げる。涙と鼻水で平時なら絶対に見られたくない顔だったが、綱吉が自分に見切りを付けて出て行こうとしているのではと思うと、未練がましいと分かっていても引き止めたかった。
「ごくでらくん」
 顔を上げ綱吉を捕まえようとした獄寺は、逆に綱吉の胸に抱き込められた。一瞬何が起こったのか分からずぼうっと身を任せていると、綱吉に何度も肩や背中や頭を撫でられた。
「……もう謝らないでよ。オレも君に酷いことをした。君が傷ついてると分かってて冷たくした。何度もいちゃもん付けて意地悪もした。ごめんね。ひどいこと、い…ぱい、して、ご…めん…なさい……オレをっ……きらいに、な、らないでっ」
「じゅうだいめ……」
 獄寺を抱きしめた小さな身体が震えて、縋るように背中へ回された腕に力が込められる。獄寺は綱吉の胸へ顔を押しつけたまま愛しい恋人を捕まえた。綱吉のしゃくり上げる声が大きくなり、やがて大きな泣き声になった。
 獄寺も綱吉を慰めず、同じように声をあげて泣いた。健気で優しい恋人の胸に縋って、いじらしくて可愛い恋人に抱きしめられて、ただ、泣いた。





「……ごめん。獄寺君の髪……ぐちょぐちょ」
「いえ、オレも……10代目の服を汚してしまってスイマセン……」
 お互い抱き合って気が済むまで泣いて身を離すと、獄寺の頭は綱吉が出した涙と鼻水と涎で、綱吉の開襟シャツは下に着ているTシャツまで色が変わっていた。
 シャツの袖で未だぐずる鼻を拭いた綱吉はズボンのポケットに手を突っ込んで、「ハンカチ持ってないや」と苦笑いした。そしておもむろにシャツとTシャツの裾を引っ張り出し、獄寺の頭へ持って行った。獄寺は廊下に座り込んだままなので、綱吉は自然と膝立ちした形になる。
「いいですよ10代目。10代目の服が余計に――」濡れますからと言いかけて、獄寺は間近に現れた綱吉の生腹に息を飲んだ。リボーンに鍛えられて無理のない腹筋が付いているそれは、綱吉の幼い顔からはかなりのギャップらしく体育の着替えの時など驚くクラスメイトもしばしばだ。
 綱吉の匂いを感じてからは勝手に身体が動いた。
「ひゃっ!」
 獄寺がへその隣へ口付けて脇腹に手を這わせると、綱吉は身体をビクつかせて手を止める。
「ごっ、くでらくんっ」綱吉の焦った、少し咎める声音に意識は引っ張られかけたが、獄寺はすぐに目の前のご馳走に歯を立てた。ずっと我慢していたせいか、甘噛みした肌は今までより美味かった。
「ダメだよっ」
 肩を強く押されて獄寺は綱吉の服の中から顔を出す。見上げると綱吉は泣いたせいだけでないと思われる色に目元を染めていた。いっぱい泣かせてごめんなさいと思いながら、場所を変えれば行為を続けてもいいのかと期待した獄寺は綱吉の言葉に我に返った。
「あいつ。ホントにあいつは別世界のオレなの?」
 正直獄寺はすっかりツナの事を忘れていた。寝室にいるツナに先ほどまでのやり取りが筒抜けだったのだと思うと、冷や汗と同時に脂汗まで出てくる。
「この2、3日獄寺君が変だったのって、あいつのせい?」
「そ……うです。異次元バズーカの話は秘密にして欲しいと沢田さんが仰って」
「沢田さん?」
「小さい10代目の事です。あなたと区別するためにそう呼んでました」
「…………ふ――ん」
 妙に白々とした視線を向けられて、獄寺はいたたまれず自ら寝室へ先導した。こうなったらツナを交えて説明しなければ、綱吉は納得しないだろう。
 獄寺が内心ドキドキしながら勢いよく寝室へ入ると、そこは無人だった。ベッドの上は布団がきれいに直されて平らになっているし、下は人が入れるほど隙間がない。クローゼットを開けても服だけだ。綱吉と手分けして他の部屋も探してみたが、ツナはどこにもいなかった。廊下では二人が修羅場を繰り広げていたので玄関から出て行った可能性はない。もう一度寝室に戻りベランダへの窓を確認すると鍵はかかっていた。そもそも獄寺の部屋はマンションの7階だ。
 念のために獄寺はベランダへ出て周囲を見回した。眼下に何も異変がない事を確認し、寝室に入り窓を閉めてから僅かに残る火薬の匂いに気付いた。それは三日前、ツナがこの世界に現れた時に嗅いだと同じ物で、ツナが現れた時は音や煙に随分と驚かされたのに、帰りはほんの残り香だけとは肩すかしを感じつつも寂しい気分になった。そのため、
「……オレ達がもめてる間に、元の世界に帰られたみたいです」と、しみじみした口調になった獄寺に対し、綱吉は怒りのテンションが復活していた。
「じゃあヤリ逃げじゃんか! ふざけやがって!」
「ややややってませんっ! ごごご誤解です10代目っ」
 獄寺は慌ててツナが現れた三日前の夕方から話を始めた。
 電話の途中で襲われて猫だと誤魔化した事。泣かれて懇願され、綱吉に会いに行けなくなった事。隼人に着けられたという玩具を外すくだりで、獄寺は綱吉の側に座っていたベッドから身動きした。じわじわと綱吉から威圧感が増して、そのうち獄寺はベッドから降りて綱吉の正面に正座して説明をしていた。そうしろと言われたわけでなく、むしろ綱吉は獄寺の普段における過剰な謝罪行為を苦手としていたし、目線が合わない形での会話は真面目な話なら尚更嫌がっていたのに、今の綱吉はベッドに腰掛けたまま獄寺の話に短く返事をして先を促すだけで、ツナの行動やそれに振り回される獄寺に対して非難する事もない。獄寺は恐ろしさの余り昨夜の相談事から誘惑された辺りでは土下座状態になっていた。
 一通り――ツナを妄想で犯したなどのまずい部分は端折って――説明を終えた獄寺は、身じろぎも出来ずに綱吉の反応を待った。いくら別世界の沢田綱吉だからにしても、綱吉を放ってツナにかまけていたのは事実だ。しかも昨夜は最後までしていないのが不思議な程追い詰められた状態だったのだとうっかり口を滑らせてしまい、長い間の誤解も晴れてラブラブ復活かと浮かれていた所に新たなピンチが到来だった。
「あーもう! ちくしょー! あったまきた!」
 突然綱吉が叫び声を上げて手元にあった枕を壁に投げつけた。床に額を近づけていた獄寺は見ていないからこそ、綱吉の剣幕に青ざめ涙目になる。
(……10代目、メチャクチャ怒ってる。……そりゃそうだ。いくら同じ存在だからって、年も違うのに……)
「自分の獄寺君と毎日エロエロいちゃいちゃしてるくせにオレの獄寺君にちょっかい出すな――!」
 綱吉は投げつけた枕を拾いに行くと腹立たしそうにその枕で何度も壁を殴りつけ、ツナに対して少々口汚い言葉を吐いたので、獄寺はいっそう驚いた。枕による暴力を受けるのは罪のない壁ではないし、尻軽だの淫乱だのの罵りは獄寺が受けて当然の物なのだから。
「10代目! 10代目のお怒りはごもっともです! どうか存分にオレを罵って下さい!」
「はあ? オレは獄寺君には呆れてんだよ! あんなやせっぽちで全然格好良くも可愛くもない奴にほいほい騙されて! ちくしょう! 何が「もう一度大人の獄寺君に会いたかった」だ。オレの獄寺君を間に合わせにしやがって! 悔しいくやしい! ボコボコに殴っときゃ良かったあんな奴!」
 綱吉は呆気にとられる獄寺の目の前で枕を放り出し叫んだ。
「君はオレの物だ! オレだけの物だ! 例え今後どこから沢田綱吉が来たって、君を一番好きなのも、君を自由にしていいのもオレだけだ!」
「はいっ! もちろんです! あなただけです! オレの、10代目、沢田綱吉さん……!」
 獄寺は綱吉の足下にひざまずき、あるじの怒りに握りしめられたこぶしを恭しく手にして口付けた。肩を上下させて息を荒くしていた綱吉は、獄寺に視線を向けてやっと険を解いた。綱吉に手を引っ張られ、獄寺は立ち上がる。
 綱吉は眉根を寄せて泣きそうな顔になった。そっと手を延ばし獄寺の左頬に触れてくる。ちりっと痛みがして、指輪を投げつけられた時の傷だと知った。
「……ごめんね。君が好きなのに、大事にしたいのに、ケガさせた……」
「大丈夫です。こんなの怪我のうちに入りません。すぐ治ります」
 獄寺は傷跡に触れるあるじの手を捕まえ、そっと頬ずりして指先に唇を寄せる。
「呆れたなんて言ったけど、オレにそんな事言う権利無いよね。オレが意地張って獄寺君に我慢させっぱなしだったから、浮気されても文句言えないのに……。ごめん。
 あいつに誘惑されても最後までしないでくれて、ありがとう」
「10代目……」
 獄寺は再び胸に熱い塊が込み上げて泣きそうになり、どうにか堪えた。今まで何度も思い悩んで苦しんできた全てが報われた気がした。
「オレの過ちを許してくださって、ありがとうございます。オレのために、別世界の沢田さんを怒ってくださって、嬉しいです。オレはあなたの物です。あなただけにこの身と心を全て捧げます。愛してます」
「……ありがとう獄寺君。オレも全部君の物だよ。誰よりも君を愛してる!」
 綱吉が勢いよく抱きついてきたので、獄寺はしっかりと受け止め、愛の言葉と共にやわらかくて甘い唇を頂いた。





 仲直りの口付けは長く濃厚になった。獄寺は思う存分綱吉の唇に吸い付いて舐めたり啄んだり甘噛みしたり、外だけでなく唇の奥も丹念に味わった。綱吉も積極的に舌を絡めてきたので、交換する唾液やそれを啜る音が生々しく寝室に響き、お互いのせわしない息づかいにいっそう煽られて、獄寺は口付けを深く続けながら薄目を開けて盗み見る。マナー違反は承知で、恋人の今の表情が見たかった。
 綱吉の長い睫毛が震えている。頬は赤く染まり涙で濡れたあともよく分からない。
(……オレの10代目……、沢田さん)
 一度失いかけた愛おしい存在が腕の中にあることを実感すると、身体を巡る熱が脳内へ達した。今まで我慢してきた分、自制心が切れるのは簡単だった。
「あっ」
 足に力が入らなくなって獄寺に抱き上げられている状態だった綱吉の身体は、簡単に抱え上げられた。丁寧に横たえるつもりが投げ出す状態になってしまいベッドが大きく弾む。獄寺はそのままあるじの下半身へまたがって逃げられないようにした。
 獄寺を見上げてくる綱吉の唇は先程までの行為でいつもより赤くつやつやとして果実のようだ。実際何度啄んでも甘くて美味しいのだけれど、綱吉の身体は唇以外の場所も堪らない味わいだ。
 獄寺はとにかく早く目の前のご馳走に食らいつきたくて、綱吉の制服をはぎ取った。手つきが乱暴なせいでシャツのボタンが弾け飛び、綱吉がとっさに悲鳴をあげかけて飲み込んだことにも気付かない。しかし、襲われていると言っても過言でない状態の綱吉に怯えの色はなく、むしろ普段と違う獣じみた獄寺の行動を恍惚の眼差しで許していた。それは獄寺が綱吉のズボンを下着ごと取り払おうとしたとき、自分から腰を浮かせて協力した所にも見て取れる。
 服を全部脱がせた綱吉はまるで極上の食材のように思えた。無駄なく機能的に筋肉が付いた身体は、きめ細かい肌が艶めかしい。肩や肘や膝などはそこ以外の肌よりほんのりと色づいて、いかにも食べ頃にしか見えなかった。
 獄寺は我慢出来ずもう一度ふっくらと柔らかい唇に吸い付いた。そのまま両手で綱吉の身体の滑らかなところや骨が出っ張っているところ、呼吸が乱れて肢体が引きつるところや甘い声が零れて途切れなくなるところを、何度も撫でたり摘んだり爪を軽く立てたりして弄りまくり、口付けが苦しくなって荒い呼吸ばかりになった綱吉の喉に伝った唾液を舐めあげて、鎖骨や乳首を舐めたり噛んだり吸いついたりした。
「あっ、あん、んっ、……んん」
 獄寺の一方的に近い愛撫に、綱吉は嬌声を控えめに零しつつ身をよじる。
「あっ! や、だめ……え」
 獄寺が綱吉の性器を口に頬張ると、綱吉が手を伸ばして獄寺の髪を引っ張った。大して痛くないお咎めだったので、獄寺は口の中で硬くなり苦い汁を出すそれを舐め回し、思う存分味わった。昨日、放課後の教室でやりそびれたことを全部したかった。
「あっ……っ」
 獄寺が張りつめた先を舐め回しながら竿と袋を擦ったり優しく揉んだりすると、綱吉は呆気なく吐精した。全て飲み尽くしてしまいたい気持ちをこらえて、獄寺は口の中に溜めた精液を手のひらに出しまだ震える太ももに擦りつける。ぬるついた指を萎えた性器の奥へ滑らせて中指で円を描きながらゆっくり差し込んだ。
「……?」
 僅かな違和感に獄寺の指が止まる。いつも獄寺は達したばかりでまだ力の入らない綱吉の身体を、丁寧に時間をかけて慣らしていた。指だけで綱吉を高めて解放させることは多かったので、綱吉の身体について、その部分の状態には特に本人より詳しくなっていた。元々性交に使われる場所ではないし、綱吉の身体の負担を考えるとどれ程せっぱ詰まった状態でも慣らさずに挿入するなどあり得ない。だから今日も、一刻も早く綱吉のきつくて暖かくてぬるついて締め付けてくれる気持ちいいところに欲望を収めて動きたくても、飛びかけた意識の中でもきちんと手順を踏んだのだ。
 単なる気のせいかと獄寺は無意識に綱吉の顔を仰ぎ見た。快楽に酔ったあるじは余韻の残る身体を持て余しながら獄寺の所作を見守ってくれていると思っていた。けれど、目が合った綱吉は一瞬怯えの色を見せ視線を逸らした。
 途端、指先に感じた異変が真実なのだと分かり、視界が絶望で暗くなる。
 指先に伝わる、誰かがこの身体に触れた痕跡。
 そんな筈がないと打ち消そうとして思い当たった。昨日尋ねた沢田家で、奈々が言っていた言葉を。
『今日は友達のとこに寄るってまだ帰ってないの』
 友達――
「……10代目」
 怒りを押し殺しなるべく冷静に問いかけようとした獄寺は、自分がどれほど嫉妬に狂った顔をしているか、青ざめた顔色の綱吉を見て思い知る。先程乱暴に扱った時でさえ綱吉の頬は欲情と興奮で赤く色づいていたのに、今では血の気が引いて裁きを待つ罪人のように震えている。それはつまり、獄寺の怒りの原因に心当たりがあると言う事だ。
「昨日、誰と会ってたんですか?」
 綱吉の色を失った唇が戦慄いて、反対に問うてきた。
「……オレを、嫌いにならない……?」



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□20080114 up