うさぱら2






 翌日、遊戯は朝食の時間に昨夜の話を始めました。
「城之内くんさえ良ければ、冬の間はオレ達とこの家で暮らさないかい」
「城之内くんともう一人のボク用に部屋を作るから遠慮しなくていいよ。もしくは今使ってる客間を城之内くん専用にしてもらってもいいし」
 突然の申し出に城之内はきょとんとした表情です。遊戯は前のめりで説得しました。
「そうしたら毎日城之内くんと一緒なんだぜ。楽しいぜ」
「もちろん秋の間から食料の保存を手伝ってもらったり、薪割りしてもらったりする事になると思うけどね」
「ん〜〜そうだなあ」
 城之内は飲んでいたスープのスプーンを置いて考え込みました。てっきり即答で良い返事が貰えるとドキドキしていた遊戯はビックリです。しかも城之内がくれた返事も予想外でした。
「誘ってもらえてすげー嬉しいんだけど、オレは今までどおりでいいぜ」
「ど、どうしてだい? オレは秋とは言わず夏から食料集めを頑張るし、掃除や料理だってヘタだけど城之内くんのためになら、やる気満々だぜ」
 遊戯はちょっと涙目です。こいびとと冬の間を一緒に過ごしたいと思っていたのは自分だけだったのかと思うと、声も震えてしまいました。
「いや、オレもここに住めたらあったかいし飯も困らないだろうし、食料集めも薪割りもするつもりだけど、冬場に山を降りる一番の理由は、静香の様子を見に行くためなんだ」
「静香ちゃん……」
 静香というのは城之内の妹です。最初は城之内と同じ山犬だったのですが、風邪を引いて弱っていた所をハイキングに来ていた人間に助けられ、今は町で暮らしています。最初は妹を取り返そうと必死だった城之内ですが、人間は風邪ばかりか静香が生まれつき煩っていた目の病気も治療してくれました。もともと身体が丈夫でない静香はその家にいる方がいいと判断した城之内は、時々様子を見に行くようになったのです。その家に行くと静香の喜びようから兄妹犬だと分かったのか、人間は城之内を追い払ったりせずにもてなしてくれます。いっそ城之内もその家の犬に出来ないものかと人間達はよく話し合うのですが、自由を愛する城之内は今のところ首輪生活を送る気はありませんでした。
「冬場ここに住むと町には行けなくなるからなー。せっかく誘ってくれたのに悪いな」
「ううん。静香ちゃんだって冬場に城之内くんがたくさん来てくれると嬉しいし安心出来るものね。でもうちはそんな心づもりだったから、何かあったら遠慮せずに頼ってきてね」
「おう。サンキュー」
 和やかに会話する兄の遊戯と城之内に反して、遊戯はしょんぼりと俯きがちになってしまいます。遊戯だって理由を聞けば納得したのです。もし相棒の身体が弱くて町で人間に飼われていたとしたら、遊戯だってしょっちゅう様子を見に行くでしょう。
 けれど、理屈で理解出来ても感情はすぐに付いてきてくれません。
 それまで楽しげに食事をしていた遊戯の元気が無くなったので、相棒と城之内は顔を見合わせました。
「ボクちょっと薪の追加を持ってくるね。今日は寒そうだ」
 暖炉の横にはたくさん薪が積んでありましたが、相棒はそう言って席を立ちました。城之内は兄の遊戯が部屋を去ってから遊戯に話しかけました。
「遊戯、そんなしょげるなよ。次の冬場は前より一杯手紙書くからさ。オレだって……お前と冬の間一緒にいられたら、きっとすげー楽しいと思ってるぜ」
「……城之内くん」
「……でも、ずっと一緒にいると逆に辛いって言うか、もう一人の遊戯は海馬となかなか会えないのにその前でいちゃつくのも悪いし、だからってオレは我慢がきかねーから、もう一人の遊戯に気まずい思いさせるかもしんねーし、それが切っ掛けでお前等兄弟の仲が悪くなったりしたら嫌だし、余計な事かもしんねーけど、喜んでばっかりいられねーんだよ。ごめんな」
「いいや。オレこそ城之内くんの都合も考えずに勝手な事言いだして悪かったぜ。城之内くんは相棒の事までちゃんと考えてくれてたのに、オレは自分の事しか考えてなかった。恥ずかしいぜ……」
 遊戯は先ほどまでとは違う意味でしょんぼりして俯きました。遊戯は知っています。この冬の間、相棒が週に一度は海馬の家へ出かけては会えずに帰ってきて来た事を。表面上は「海馬くんは仕事で忙しいからね」とか、「今日はタイミングが悪かったみたい」などと、遊戯に心配かけないよう努めて冷静に振る舞っていた相棒ですが、寝言で海馬を呼びながら泣いていた事を、遊戯がいない所でこっそり何度も海馬の写真を見ている事も、遊戯は知っていたのです。だから、昨日城之内と出かける時に恥ずかしさもありましたが、三分の一くらいは相棒に申し訳ない気持ちでイチャイチャ出来なかったのです。
 相棒はこいびとに会えず寂しい思いをしていながらも遊戯を常に気遣ってくれました。城之内と会えない寂しい時、城之内からの手紙が届いて嬉しい時、相棒は遊戯を慰め共に歓び、デートのために早起きして弁当を作る時にはパンケーキを焼いてくれました。
 それなのに遊戯は相棒から持ちかけられた計画を喜ぶばかりで、自分から相棒のために何かをしようだなんてろくに考えていなかったのです。
 遊戯は視界が涙で歪んでとても顔を上げられそうもありません。
 城之内は席を立つと遊戯のそばまで近づき、大きな手で遊戯の後ろ髪をわしわしとかき混ぜました。
「……静香が気のいい奴と結婚してオレがしょっちゅう行かなくても寂しがらなくなったら、オレも童実野の森に家を建てようと思ってんだ。そしたら、冬場だってすぐ会えるだろ?」
「城之内くん……」
 思わず顔を上げた遊戯の頬に伝った涙を、城之内は肉球で拭いました。
「ま、先の長い話だけどな」
「長くても凄くいいプランだぜ。城之内くんが家を建てる時はオレも手伝うぜ」
 涙目だった遊戯がぱあっと明るく笑ったので城之内もつられて笑い、まだもう一人の遊戯が戻ってこないのを確認してからそっと触れ合うだけのキスをしたのでした。




 薪を取りに行った相棒がなかなか戻って来ないのと、香ばしい美味しそうな匂いが漂ってきたため、遊戯と城之内は朝食のテーブルを離れました。
「何してるんだ相棒」
「わあ! ビックリした」
 かまどの火を調節していた相棒に遊戯が声をかけますと、相棒は毛並みを逆立てて驚きました。
「今ね、クッキー焼いてるんだ。もう少しで出来るから向こうのあったかい部屋で待ってなよ」
 どうやら相棒は朝食の支度中にクッキー生地の用意をしていたようです。いつもながら手際の良い相棒に感心すると同時に、遊戯はクッキーの量がさんにんで食べるには多い事に気付きました。壁にかけてあるカレンダーを見て、今日が水曜だと言う事にも。
「今日も海馬のとこ行くのか相棒」
 相棒は特に予定のない場合は毎週水曜に海馬の家に行くのです。海馬の家は童実野の森から谷と山を越えたブルー湖の近くにあるので、昼前に出かけても帰りの家路は日が沈みかける頃になるのです。
「昨日のスープはこの冬一番の出来だから海馬くんにも飲んでもらいたいからね」
 きっとどうせ会えないぜと言いそうになって、遊戯は言葉を飲み込みました。そんな事は相棒だってきっと分かっているはずなのです。
「クッキーが焼けてから出かけるんなら、海馬んちに行って帰るだけで夜になっちまうだろ。危ねえからオレもついて行こうか?」
「大丈夫だよ。だいぶ日の入りも遅くなったし。城之内くんはもう一人のボクと一緒に留守番してて欲しいんだ。で、良かったら簡単でいいから夕ご飯作ってくれたら助かるなあ」
「よっしゃ任せとけ! 腕によりをかけて遊戯と美味いメシ作っとくぜ」
 城之内に元気よく同意を求められ遊戯は何度も頷きました。



◇ ◇ ◇



 焼き上がったクッキーの中から形と焼き色のきれいな物を選んで、兄の遊戯は春色の紙に包んでリボンをかけました。バスケットに瓶詰めしたスープとクッキーを入れ短いメッセージカードも入れておきます。
 遊戯は海馬に会いに行く時、いつもプレゼントのバスケットの中にカードを入れるのです。そうすれば海馬に会えなくても海馬家の門の所に置いておくだけで、次に行った時には同じバスケットにお返しの品物が入れられてあるのです。遊戯は品物よりも一目海馬に会える方がどんなにか嬉しい贈り物だろうかといつも思っておりましたが、お返しの品物だけでメッセージカード一つない有様でも、海馬の心遣いが充分嬉しくて心慰められていました。海馬からの品物は珍しいお菓子に風邪薬、あったかい手袋やゲームの本などで、傍目にはとりとめのないチョイスでも遊戯が前から欲しがっていたり必要な物だったりしたのです。もっとも、遊戯は海馬から送られた物なら何だって嬉しいのですけれど。



 城之内ともう一人の遊戯に見送られて、遊戯は昼前に童実野の森を出発しました。春になったとは言え、ダイスヶ原方面とは違ってどこもかしこもまだまだ雪に覆われています。遊戯はせっかくの贈り物がダメにならないよう気をつけて雪道を歩いていきました。
 谷と山を越え、その間腹ごしらえ用の食事を取り、ついでに道々で見つけたふきのとうを摘んでいますと、長い道のりもあっという間で目的地に着きました。
 ブルー湖に対比する白亜の豪邸が海馬の家です。海馬は山猫ながら優れた頭脳を持っていて、遊戯には分からない何やら難しい商売を成功させているのでした。
 遊戯は豪邸から離れた場所にある一つ目の門の前で立ち止まります。そこには先週遊戯が置いておいたバスケットがあり、中にはつやつやと赤いイチゴが入っていました。
「わあすごい。帰ったらもう一人のボクが大喜びだよ」
 イチゴで作るジャムは彼の大好物なのです。遊戯はもう一人の遊戯の喜ぶ姿を想像し思わず笑顔になりました。
 バスケットを置き換えてから、遊戯は念のために門に備え付けられているインターフォンを押してみました。海馬は遊戯と違ってお金持ちなので、自宅で電気を作る機械を持っているのです。
 いつものようにインターフォンを押してしばらく待ちましたが、門の向こうにある森に隠れて、とんがった屋根の先っちょしか見えないお屋敷からは何の反応もありません。
 遊戯は予想通りでしたので、イチゴの入ったバスケットを持って来た道を戻り始めました。
「早くもっとあったかくなればいいな」
 白い息を零しながら、遊戯は独り言を口にせずにはいられません。元々海馬は忙しい身ですけれど、こいびと同士になって初めての冬場に一度も会ってくれなかったのは、半分くらいの理由が「寒いから」だと思うのです。遊戯は寒さなんてへっちゃらのウサギですが、寒さに弱い山猫の海馬は秋口から冷え込むと言ってはふかふかのコートを羽織ったりしておりました。寒さに愛情が負けたのかと思うと少しだけへこんだりもする遊戯なのですが、海馬が寒がりなのは種として仕方のない事ですし、無理をして海馬が風邪を引いたりしたらその方が遊戯はうんと辛いのです。
「便りがないのは元気な証拠ってね」
 むかし祖父の双六に教えられた言葉を自分に言い聞かせる遊戯なのでした。
 そんな風に遊戯は海馬への恋しい気持ちを理屈で納得させながら歩いていたので、最初それを聞き間違いだと思いました。木立を揺らす風の音が好きな相手の声だと錯覚させるのだと。
 けれど。
「遊戯――!」
「……海馬くん!?」
 聞き間違いでない声に呼ばれて振り向きますと、門からの雪道を海馬が大股で歩いて来る所でした。
「海馬くん!」
 遊戯は思わずバスケットを投げ出して走り出しました。
 海馬は体毛と同じ白いコートの裾を翻しながら遊戯の元に向かおうとしています。秋の終わりに見た時と同じで、むしろその時よりも髪は光を反射して輝いておりましたし、紅色が差した頬も青い瞳も触ると溶けてしまいそうなほど美しくて、遊戯は胸がいっぱいになって涙が込み上げました。
「かいばっ……くんっ!」
 走り寄った勢いのまま抱きつくと、海馬は遊戯を受け止めて同じように強く抱きしめてくれました。頬を擦りつけると海馬の柔らかい毛並みの奥で心臓が激しく鼓動しています。遊戯はあったかくて柔らかくていい匂いがするその場所を一冬ぶりに充分味わえたばかりか、イチゴのようにつややかな海馬の唇もゆっくり頂いたのでした。



 落ち着いた所で遊戯は投げ出したバスケットを拾いに戻り、中のイチゴが潰れていないか確認しました。幸い数個しか変形していなかったので、遊戯は早速その場で海馬とそのイチゴを食べました。真っ赤に熟れていながらほんのりと酸っぱい味わいは、春の訪れを感じさせてくれます。
「モクバも会いたがっているし、今日はオレの家に泊まっていけ」
「え……でも、もう一人のボクたちが心配するし」
「特別にオレのブルーアイズを貸してやる。イチゴのバスケットに手紙を入れておけば良かろう」
 ブルーアイズというのは、海馬が卵の時から大事に暖めて孵したホワイトドラゴンです。身体は大きくなりましたがまだまだドラゴン年齢では子どもなので、海馬は慎重に育てています。海馬がブルーアイズにお使いをさせるなどと言いだしたので、遊戯は今日何度目かのビックリになりました。
「ブルーアイズにそんな事させていいの?」
「冬場に風邪を引いてずっと外へ出していないのでな。ストレスが溜まって暴れているのだ。遊戯の家なら近いし丁度いいだろう」
「ありがとう。じゃあ遠慮せず甘えちゃうぜ」
 遊戯は屋敷に戻ろうとする海馬に寄り添うとそっと手を繋ぎました。いつもなら鬱陶しいわとつれない態度の海馬ですが、今日は大人しく遊戯のしたいようにさせてくれました。
どうせなら素手で手を繋ごうかと思った遊戯に、海馬は一言、
「あったかいか?」と聞いてきました。
 遊戯は頷きかけて、すぐにそれが手を繋いだ事だけでなく、遊戯が今はめている海馬からの手袋の使い心地を尋ねているのだと気付きました。だから繋いだ手をぎゅうっと握りしめて、「海馬くんのおかげですごくあったかいよ」と返す事が出来たのです。
 その返事は海馬にとって100%正解だったようで、海馬からも繋いだ手をぎゅっとされて遊戯は幸せな気持ちになりました。
 先ほど海馬はさらりと言いましたが、ブルーアイズが風邪引いただなんて、それはもう大騒動だったのだろうと簡単に推測出来ました。遊戯は海馬がブルーアイズをどれ程可愛がっているか、時々嫉妬するぐらいに分かっていますので、この冬ずっと会えなかったのはそのせいなのだと知ってホッとしたのです。結局こいびとの遊戯よりもブルーアイズの地位の方が高い事には代わりありませんが、少なくとも「寒いから」なんて悲しい理由ではないからです。
「遊戯〜〜久しぶりだな!」
「モクバくん元気だった?」
 屋敷についた遊戯はモクバに迎えられました。モクバは海馬の弟で遊戯とは五歳も年が離れていますが、二人はゲーム友達で仲良しなのです。
 海馬はモクバに遊戯が今夜泊まる事を告げると、仕事の続きがあるからと部屋に引きこもってしまいました。それはいつもの事なので、遊戯はちょっとだけ寂しく思いながら同じ家に好きな人がいる歓びと先ほどの甘いひとときの余韻に浸っていました。
「遊戯、冬の間色々差し入れありがとうな。お菓子美味かったし、スノードロップは兄さまも特に気に入ったみたいで早速部屋に飾ってたぜ」
「そうなんだ良かった。ボクの方こそいつも欲しかった本やあったかい手袋とかいい物もらってばっかりで、毎回手作りしたもので悪い気がしてたんだ。お菓子くらいお屋敷のコックさんが作れるもんね」
 だけどプレゼント出来そうな物ってそれぐらいだしと遊戯が自嘲気味に謙遜すると、モクバはあーあとため息をついて海馬の批判を始めたのです。
「兄さまはもっと嬉しい時は嬉しいって気持ちを出さないと駄目なんだぜい。遊戯は何で兄さまが冬の間会おうとしなかったか知ってるか?」
「それはさっき聞いたよ。ブルーアイズが風邪引いて大変だったんだろ? ブルーアイズには悪いけど、海馬くんが風邪を引かなくて良かったぜ」
 遊戯が暖かい応接間で出された紅茶に手を伸ばすと、モクバはクスクス笑って声をひそめました。
「ホントは兄さまも風邪引いて大変だったんだぜい。ブルーアイズはたっぷりの栄養と薬ですぐ良くなったんだけど、兄さまは仕事をしようとしてろくに休まないから悪化するし、治ったら治ったで寝込んでる間に毛づやや顔色が悪くなって遊戯にあったら心配されるんじゃないか、心配だけならまだしも嫌われるんじゃないかって変な心配しちゃってさ」
「そんな、確かに心配はするけど、毛づやや顔色が悪いくらいでボクが海馬くんを嫌いになったりするなんてあり得ないぜ」
 自分を気遣ってくれた事は嬉しかった遊戯ですが、そんな小さな理由で自分の気持ちを疑われていたのかと思うと、今すぐ仕事中の部屋に乱入してどれ程自分が海馬を好きなのか説明したくて堪らなくなりました。
 遊戯が心外だと怒りに近い剣幕でぼやいていますと、モクバは人差し指を立てて、「兄さまにはオレから聞いた事は内緒だぜい」と約束させてきて、遊戯は不本意だと思いつつ頷いたのでした。
 自分に甘えてきてくれない海馬に寂しくてがっかりはしましたが、逆に海馬は些細な理由でも遊戯からの気持ちが変わるのを恐れていたという事です。それはつまり、海馬も遊戯を好きだからなのです。その上モクバが、
「兄さまきっと夕食までに溜まってる仕事全部片づけて、遊戯と一緒にいるつもりなんだぜい」
 なんて胸ときめくことを言いだしたので、それからしばらく遊戯は現実にいながら夢世界をさ迷ってしまいました。
 ほんの少し家の事が気になりましたが、手紙とイチゴが届けばふたりは安心して一緒の時間を満喫するでしょう。同じように遊戯も海馬と今夜はふたりきりになれるはずなのです。
 会えないでいた間の色々な話をしようと思いつつ、きっとふたりきりになれば遊戯は段取りも忘れて海馬の事で胸も心も一杯になってしまうのです。だから遊戯は家に送る手紙にそっと今夜一晩ではなくて、しばらく海馬くんちにお世話になりますと書いたのです。もちろん海馬には事後承諾ですが、良い返事を貰えるでしょう。きっと嫌みを言われたりするでしょうが、それも海馬の愛情表現の一つなのです。
 一冬会えないでいたこいびとに甘える気満々の遊戯は、早く閉ざされた部屋のドアが開かないかといてもたってもいられませんでした。
 


 そんなふうにして、童実野の森に住む双子のウサギと不器用なふたりのこいびと達は、季節がめぐるたびに不安を乗り越え歓びを繰り返しながら、何にも揺るがない強い気持ちを少しずつ育てていくのです。冷たい雪の下でも芽を出し伸びていく植物のように――。  


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