真夜中の恋人たち


  ■2■


 息を奪い合うように何度も唇を重ねる。
「んっ……ふ…」
 熱い吐息と微かに零れる海馬の喘ぎ声が、遊戯の中心を滾らせる。我慢出来ずに彼の体へ押し当て、服越しに擦りつけた。
 途端に甘い痺れが背筋を伝って首筋まで届く。
(や…ばいよ、これ)
 少しは冷静にならなければと思う反面、今すぐ思うまま海馬を味わって、自分のモノにしたいという欲望が入り交じる。
 海馬の体は予想よりも細く、十分遊戯の体格で押さえ込めた。誘ってきたのは彼だ。どうされようと、後で遊戯を責める事は出来ないだろう。
 遊戯に凶悪な感情が渦巻いた。
 そんな遊戯の気配に気付いたのか、海馬は一転怯えたように身動いだ。弱々しくも遊戯の手をはね除けようとする。
 途端に遊戯は不安になった。
(……海馬くんはこんな事をさせてくれるかな……)
 彼が目覚めて遊戯の部屋へ訪れた事については、無理矢理つじつまを合わせた。
(何でボク、海馬くんがボクの事…好きなんだって思ったんだろ…)
 遊戯やその仲間達を見下していた海馬が、むしろ憎んでいるであろう彼が、遊戯の事を好きで受け入れているなど有り得るだろうか。
 まして、二人は男同士だ。
 遊戯はゴクリと喉を鳴らした。
「か、いば…くん、だよね……?」
 今更のように確認する。とてもこれ以上してもいいのかとは聞けなかった。
 海馬は遊戯の頬へその大きな薄い手を伸ばす。
「……怖じ気づきおって…」
 声は囁くように小さかったが、皮肉っぽい口調は紛れもなく海馬の物だった。
「……だって、…ボクは分からないよ」
 海馬くんの気持ちが…と言う意味だったのだが、海馬は別の意味に捉えたらしい。
「心配するな…」
「わっ!」
 海馬の手が遊戯の下半身に伸ばされる。
「だ、駄目だよ」
 自分から海馬に押しつけて存在を誇示したくせに、遊戯は海馬の手に怯んだ。
「あっ!」
 海馬の手で直に包まれる。自分以外の誰かに触れられる事など初めてだ。海馬の手のひらは少し冷たくて滑らかだった。
(き…もち、いいっ)
 海馬を恐れた事も忘れて遊戯は身を委ねる。
 海馬の長い指は巧みに動いて遊戯の欲望を更に煽り立てた。
「ヒッ……あっ…」
 先の一番感じる所を強く擦られて、遊戯はあっけなく吐き出した。一人でする時はもっと長く楽しめる。だが、それとは比べ物にならない程の快楽だった。
「…んっ…ん」
 海馬の指は残りも全て扱き出そうと動き、遊戯は無意識に腰を合わせていた。
 吐き出した後の心地よい気怠さにぼうっとなる。
 同時にそれだけの悦びを与えてくれた海馬が愛しくて、遊戯は深く口づけた。
(もういいや。ボクは海馬くんが好き。それで充分だぜ!)

「……今度は、ボクがするね…」
 最初の身勝手な欲望は影を潜めていた。今はただ、彼に優しくしたい。海馬も気持ちよくなって欲しい。自分で、感じて欲しかった。
 遊戯はパジャマを全て脱いだ。汚れた下着も投げ捨てる。
 横たわる海馬のパジャマに手をかけ、ゆっくり取り払っていく。夜の冷気に海馬はぶるりと身を震わせた。
 初めて見る海馬の裸体は、ほの暗い月明かりの下で発光体のように眩しさを感じた。
 浮き上がった骨も薄い肉付きも、海馬の身体だと思うと興奮する。
 海馬の白い体をもっと良く見たくて、遊戯はベッドの脇にあるライトに手を伸ばした。
 だが、海馬はそれを拒んだ。遊戯の手を取り気を逸らすように唇を寄せる。
 思いがけない仕草がかわいくて、遊戯は微笑みながら彼の首筋へ顔を伏せた。
 見えすぎるとお互い照れてしまうかもしれない。それで海馬の気が変わったら元も子もない。
「…ふ……」
 遊戯の這わせる唇と指先に海馬は満足そうな息を零す。それをもっと聞くために遊戯は海馬に馬乗りになった。
 唇と舌で首筋から下へと強く反応する所を探していく。
 両手で海馬の腕や枠腹、腰へも触れる。
「アッ」
 海馬の身体が鋭く跳ねる。
 遊戯はそこへ歯を立てた。
「や!」
 逃げを打つ体を遊戯は力で押さえつける。逃げられないのは分かっている。彼が本当に逃げたい訳では無い事も。
 遊戯は胸の飾りを吸い上げる。片方は指で摘んで柔く扱いた。たちまち硬くなり、海馬の身体が小刻みに震えた。
 体に当たる彼の欲望は、遊戯が弄る度硬く大きくなっている。
「気持ち、いい?」
 確認しても海馬は首を振るのがやっとだ。
 噛み締めようとしても漏れてしまう自分の喘ぎに、海馬は頬を染める。まるで自分らしくないと理性を取り戻そうとするかのように。
 しつこく弄ると遊戯の愛撫を受け入れていた身体が、拒むように逃げの体勢になった。遊戯は反省しつつ移動する。
 臍の窪みに舌を入れる。
 ぺしりと海馬にはたかれた。そこは嫌らしい。
 既に立ち上がっている海馬の欲望は、遊戯の物より大きかった。遊戯の小さな手では両手でないと長さが余ってしまう。
 海馬にしてもらったように全体を上下に扱き、片手で先端を愛撫した。
「あ、あ…んっ」
 身を捩りながら強い刺激に海馬は身を任せる。大きく足を広げその奥まで遊戯の目に晒す。
 素直に快楽を貪る姿が愛おしく、遊戯は胸が一杯になった。
 もっと感じて欲しくて遊戯は手の中の物に舌を這わせる。熱い塊は遊戯の舌に震え、更に存在を固くした。
「あっ、あっ、ん…ゆ、うぎっ」
 他人の欲望を口で慰めるなど初めてだ。少しも嫌だと思わなかった。
 両手で扱きながら舌でなめ回し、舌先で窪みをつつく。
 同じ男だ。どこが感じるか知っている。
 溢れてきた粘りけのない体液を吸い上げる。
「ヒッ…い――」
 張り詰めた塊が弾けたとき、腕に触れる海馬の両足が痙攣した。
 遊戯は口の中に吐き出されるそれを受け止める。最後の一滴まで吸い出して口の中にためた物を、脱ぎ捨てた自分のパジャマに吐き出した。飲まなかったのは海馬が嫌がるだろうと思ったからだ。
 海馬のそれは自分の物と違って匂いが無かった。口内に残った味はどこか懐かしい果汁のようだった。今まで自分の物はもちろん他人の物も飲んだ事など無いが、話に聞いていた味と違うことに驚いた。
 汗で湿った海馬の身体を抱きしめる。
 久しぶりの快楽に浸っている彼は、遊戯の温もりにしがみついてきた。
 遊戯は込み上げる悦びを伝えるために、何度も海馬の顔へ触れるだけの優しいキスをした。
 先ほどの海馬の姿態が脳裏に焼き付いて離れない。絶対にあり得ないと思っていただけに、こうして温もりを分け合っていても夢の中のようだ。

「……遊戯」
 しばらく余韻を味わった海馬が遊戯の欲望に触れてくる。二度目は海馬の口で達したいとも思ったが、遊戯はその手を自分の物から外させた。
(…海馬くん退院したばっかりなんだもん…)
 海馬が自分と同じ気持ちで受け入れてくれた、それだけでもう充分満たされていた。その代わり、願い事を一つ聞いて欲しかった。
「朝まで…一緒にいてくれる?」
 幻だとか夢だとか思いたくない。朝日の中で彼を見たかった。海馬と気持ちが繋がった事を確かめたかった。
 遊戯の言葉に海馬は顔色を曇らせた。
 それもそうだろう。病み上がりの体で出歩くなど、良く許されたものだと思う。今頃モクバは心配して待っているかもしれない。
 それでも、遊戯は海馬と朝を迎えたかった。
 海馬は遊戯の手を掴むと下半身へ導いた。指先を奥の窪みへ触れさせる。
 そこは熱ばみ遊戯が触れると蠢いた。
 海馬の意図が分かって、遊戯は息を飲む。
 経験など無いが、男同士でそこを使う事があるのは知識として知っていた。
「で、でも…」
 遊戯はためらった。興味はある。むしろ海馬と繋がりたい。そこで彼が快楽を得られるなら、自分の物で存分に味わってもらいたい。
 想像すると頭の芯が痺れた。
 素直な遊戯の物が反り返る。
 そのまま彼を貫いて思うまま突き上げたら、どれほどの快楽に果てる事になるのだろう。そして彼はどんな表情で最後を迎えるのか、知りたかった。
 しかし、どうにか遊戯は理性を取り戻した。海馬を傷つける事だけはしたくなかった。
「…駄目だよ」
「いいんだ…」
 遊戯の気遣いに海馬は少し笑って囁いた。
 一度遊戯の手を引き寄せ自分の口に含むと、指を唾液で濡らして再びそこへ導いた。 
 慌てて引き戻そうとする腕を力で止めて、遊戯の中指を体へ飲み込ませる。
 海馬の中は熱く、遊戯の指を締め付けてきた。
「…痛く…ない、の?」
 とろけるような海馬の表情に遊戯は恐る恐る、指を動かす。
 はあっと海馬は湿った息を吐いた。
「……お前の指なら、3本は楽に入る…」
 遊戯は射精しそうになった。
 海馬は誰かと経験があるのだろう。それならば遊戯を受け入れようとするのに、躊躇いが少ないのも頷ける。
(海馬くんをこんな体にしたのは誰なんだろう…)
 嫉妬を感じたがほんの少しだ。彼が誰とも経験が無い筈がないし、相手の性別など些細な事だった。
 遊戯は一度指を抜き自分で濡らした。海馬の中へ入れた指も舐める。汚いとは思わない。直に口づけて舌先で彼の中を味わいたい。だが、それをすると辛うじて残っている理性が、途切れてしまいそうで出来ないだけだ。
「ん…」
 遊戯が二本の指をゆっくり入れると、海馬は甘い吐息を零した。
 一度目と同じように動かしてみる。
 海馬の身体が撓った。
 中がしっとりと滑って、締め付けられるのに柔らかい。
「アッ!」
 ビクリと海馬の身体が戦慄いた。遊戯は指先に触れる膨らみを擦る。
「ヒッ……やっ、駄目だっ……っよ、せ…」
 息も絶え絶えに海馬が体をひくつかせる。
 嫌だという割にはむしろ、広げて曲げた足で腰を浮かして遊戯が擦りやすくしている。
 目尻が真っ赤に染まって涙が滲んでいた。
「…気持ちいいんだ、ここ……」
 遊戯は優しく触れる。すると海馬はうっとりはするが明らかに物足りない顔だ。
 遊戯は唇を舌で湿らせる。海馬の妖艶な姿に興奮しすぎて体の中心が痛い。
 指を3本に増やし同じように解した。
 両手で広げて自分の物よりは小さい孔に舌で唾液を送る。
 もう我慢など出来なかった。
 ここに入れて吐き出したい。
 海馬もそれを望んでいるのだから。

「…はっ…あ……んっ…」
 充分慣らしたせいかゆっくり進めると、海馬は遊戯をすんなり受け入れた。
 ぴったり海馬に包まれる。熱い締め付けは初めての体験なのに懐かしい気がした。失っていた物を取り戻したような、デジャヴュ。
 お互い荒く息を整える。
 体中熱くて胸の鼓動が耳元で鳴っていた。
「か、いばくんっ」
 遊戯は抱えた太腿へ許しを請うように唇を寄せる。
 海馬はその体勢が苦しいのか忙しなく息を吐いた。
 男女を問わず初めては後ろからが楽なのだと、何かで聞いた事がある。初めてでなくとも久しぶりの海馬にとっては、その方が良かったのかもしれない。
 だが、遊戯は海馬の顔が見たかった。自分の体の下で自分を受け入れ、感じている彼を。
 労りたいと思いながら、結局自分の欲求を優先している。そんな浅ましい自分を許して欲しかった。
「好きに、しろ…。オレ…は、お前の…モノ、だ」
 海馬は苦しい息の中、声を絞り出す。
 遊戯とてすぐさま動きたい。しかし、駄目だと何かが止めるのだ。
 海馬の身体は、遊戯に未知の悦楽を与えてくれるに違いない。忘れられなくなる程の、幸福な時間と共に。

――もう二度と、失いたくない――

(……もう二度と?)
 どこからか聞こえた声に遊戯の僅かばかり冷静な部分が驚いた。だが、海馬の言葉に疑問は吹き飛ばされた。
「…お前で、イかせて…く、れ…」
 
 海馬の身体で果て後、遊戯は夢を見た。

 青い空。
 エメラルドグリーンの海。 
 白い砂浜。
 深い緑の森。 
 原色の花。
 極彩色の夢に、懐かしさで涙が溢れた。
 そこには幼い海馬が、あどけない笑顔で遊戯を待っていた。



     

■……エロは書くより読む物だと思います。挫けそう。