GAME OF SECRET


  ■9■


「武藤遊戯は二重人格者だ!」
 海馬の言葉に教室の中は静まりかえる。思いもよらぬ言葉に唖然とした者が大半だったが、いつもなら鋭いツッコミで海馬を攻める城之内が言葉を失い、遊戯と仲間たちは血の気が引いて蒼白になっていた。まるで海馬の言葉が真実だと言わんばかりのリアクションに、疑惑が皆の心に生まれかかってくる。
「……へ、何を言い出すかと思ったら、海馬も随分ヤキが回ったじゃねえか。遊戯が二重人格? 何を証拠にんなこと言うんだ?」
 タイミングを外した城之内の声は上擦っていたせいもあり、一層微妙な空気を作った。
 海馬は固まった遊戯を見据えたまま、クラスの中にいる少女を一人指さした。
「貴様が武藤遊戯だと言うのなら、あの女の氏名を言ってみろ。六時間目前の休み時間に話をしていただろう。知らんはずないな」
 海馬に指さされた少女はクラスの視線が集まったこともあって、人の影に隠れるように後ずさる。
「……『カオリ』さん」
「名字は?」
「……」
 少女は縋るような眼差しを遊戯に向けたが、時間をかけたところで思い出せるはずもない。押し黙る遊戯に少女はショックを受けたのか俯いた。
「それで? 遊戯はここんとこ食欲はねぇし、昨日だって倒れたくらい疲れてんだよ! 簡単なことをうっかり忘れるなんて、誰でもあるだろうが」
 息苦しい沈黙を城之内の声が切り裂いた。
「そうよ、海馬くんこそ自分が不利になりそうだからって、嘘ばかり言わないで! カオリ、遊戯はちょっと疲れてるだけなのよ。信じてくれるよね」
 少女は杏子の言葉に小さく頷いた。杏子が念を押さなくとも教室の中にいる者は、海馬の言葉など最初から信じていない。突然遊戯が二重人格だと言われても、確たる証拠もない。だからこそ、城之内や杏子がムキになって否定しようとする姿は、まるで図星を指されたかのようで奇異に映った。
「遊戯。「ゲーム」を早く終わらせたいならいつもの遊戯を出すのだな。オレは貴様が出しゃばってきた時点で、ルール違反であいつの負けにしても良かったのだ」
「いつもの遊戯もそれ以外もねえっつってんだろ! お前の言うことなんか誰も信じねえぜ!」
 いつの間にか城之内は遊戯を庇うようにして、遊戯と海馬の間に立っていた。教室の中にいる者にはよく見慣れた場面だからこそ、いつもより余裕のない城之内の態度に違和感を感じてしまう。
 必死な城之内とは反対にあくまで海馬は冷静だった。その冷たい瞳は遊戯だけを捉え、もはや城之内やクラスの者など視界には無いようだった。
「オレが何故いつもの遊戯の「友達」になりたくないか、教えてやろう」
 海馬は一旦間を置き、吐き捨てた。
「それは貴様がいるからだ。どこの世界に自分を殺そうとした二重人格者を「友達」にしたい奴がいる? 貴様にとってオレが信用出来ない敵であるように、オレにとっても貴様をその身に有する限り、普段の遊戯は得体のしれん人間だからな」
 海馬の思いがけない言葉に教室の中がざわめいた。顔を合わせると一触即発の海馬と城之内はまだしも、遊戯と海馬の関係はデュエルでのライバルとしてしか知らない者が多かった。気が弱くて大人しそうに見える遊戯が海馬を「殺そうとした」など信じられないからこそ、どういう事なのか何が原因の話なのかと、皆口々に疑問を口にする。
 教室内の微妙な変化に城之内は内心舌打ちした。それまで不確定ながらも海馬を異端視していた周りが、今やただの好奇心から遊戯に奇異の視線を向けているではないか。
「【決闘者の王国(デュエリスト キングダム)】のことなら筋違いだろ! あれはお前が勝手にルールを変えただけで、結局遊戯に助けられたんじゃねぇか!」
 それだけ言うのがやっとだった。知らない者に説明するには海馬との因縁は複雑すぎる。まして詳しく話していけば、遊戯が二人分の人格を持っている事を、海馬の話が真実だと認めなくてはならなくなる。
 城之内は突破口を求めてちらりと周りに視線を向ける。本田と目が合った。
「そ、そうだぜ。その前にはオレ達を汚い罠に嵌めて、殺そうとしてたのはお前じゃねえか! DEATH‐Tの事を忘れたとは言わせねぇぞ! オレはモクバが助けてくれなかったら、ブロックの下敷きになるところだったんだからな!」
 城之内だけでなく本田の話も初耳な周りの者は、一層ざわめいた。好奇心を満たしたい周囲の視線をどうすれば散らせるのか、もはや城之内には分からない。眼前の海馬は周囲の視線や囁きなど、どこを吹く風だ。
「いつまで貴様は遊戯のフリをし続けるつもりだ。確かに貴様はゲームに常人ならざる才能を持っている。貴様にとっては遊戯のフリをすることもゲームにすぎんのだろうな。貴様と普段の遊戯との違いに気付かないボンクラ共を、あざ笑って楽しんでいるとはいい御身分だ。ゲームしか能がない寄生虫同然の貴様が!」
「なんだとてめえ!」
「やめろ城之内」
 海馬に掴みかかろうとした城之内を、かろうじて本田が引き止める。一触即発のムードに、教室内は再び緊張感が高まった。
 そんな中、周囲の視線が急に城之内の背後へ集まった。高まった緊迫感が別方向へ引き延ばされるような不安――。
 城之内はさっきから何の反応もない背後の遊戯へ振り返る。
「ゆ、うぎ…」
 遊戯は声をあげる事もなく泣いていた。見開かれた両目から頬を伝って涙が滑り落ち、ぽたぽたと床に雫が染みを作ってやっと、遊戯は自分が泣いていることに気づいたのか頬に触れ、呆然と濡れた指先を見た。自分の目から溢れている物が涙だと確認して、表情が歪む。
 城之内は自分の中で何かが壊れたようなショックを受けた。遊戯が人前でそんな姿を晒すことなどあり得ないと思っていたし、何より誰にも見せたくなかった。
「泣けばいつもの遊戯だと信じて貰えると思っているのか? 小賢しいマネをしおって!」
 虚をつく海馬の罵声に遊戯は身を竦め、恥じ入るように赤面した。何かを言いかけて唇が動いたが声にはならず、遊戯はその場を逃げるように海馬とは反対の戸口へ走り去る。
「遊戯!」
「私が行くからみんなは城之内を止めて!」
 杏子は遊戯を追って廊下へ駆け出していく。教室に残された者は杏子の頼みがどれほど無理なことか、張り詰めた空気で思い知った。
「城之内!」
「城之内くん…」
 本田と獏良が考え直せと呼びかけたが、無駄なことだった。
 最初からこうすれば良かったのだと、城之内は柄にもなく後悔していた。遊戯と海馬の「ゲーム」を終わらせるために城之内が出来る一番の方法は、最初からこれだけだったのだから。
 だが、今は「ゲーム」など関係なかった。
 城之内は拳を握りしめる。大事な親友を愚弄し傷つけた目の前の男は、我が身に何が起ころうと許せなかった。


「待って遊戯! 遊戯!」
 遊戯を追って廊下へ飛び出た杏子は、長い廊下を真っ直ぐに走る遊戯の背中を追いかけた。
「うわ、あぶねっ」
「何してんだ!」
 逃げる遊戯と追いかける杏子を痴話ゲンカとでも思ったのか、廊下で筋トレをしていた陸上部の者たちが口々に文句を言う。杏子はそれらをかわし、階下へ続く階段に消えた遊戯を何とか捕まえようと駆け下りる。
 スタートダッシュと性別のハンデがあろうと、スポーツ万能な杏子に、体も小さく体力もない遊戯が叶う訳がない。隣の棟の一階で、杏子は遊戯を捕まえることが出来た。
「遊戯、逃げないで。私の話を聞いて、お願い!」
 杏子に捕まれた腕を振りほどく気力もないほど、遊戯は疲労し荒く息を繋いだ。連日の疲労が原因とはいえ、顔色は青ざめ今にも倒れそうだ。
「……保健室、行く?」
 杏子の声に遊戯は小さく首を振る。遊戯は既に泣いていなかったが、顎には伝った涙の後が残り、充血した両の目は虚ろだった。
「遊戯…。とにかく別の所に行こうよ……」
 二人の足音や杏子のせっぱ詰まった声に、何事かと好奇な視線が集まりつつあった。
 杏子に腕を引かれた遊戯は大人しく、杏子が歩く方向へ歩を進める。今の彼はまるで子どもの時の遊戯と同じだ。いじめられて泣いている遊戯を慰めて、一緒に帰った家路への道を思い出す。いつも胸にあったのは遊戯をいじめた相手への怒りと、泣いてばかりで相手に文句一つも言えない遊戯への小さな苛立ち。
 そんな事はもうずいぶんと忘れていた。遊戯が笑顔で過ごすようになったから。城之内や本田と言った仲間が出来て、何より心の中にもう一人の遊戯を宿して、遊戯は強くなったのだ。
 それなのに――。
 当てもなく歩くうち、杏子の足は体育館の方向に向かっていた。校舎と体育館を繋ぐ屋根付きの通路に出ると、空は未だ大粒の雨を降らせていた。明かりの点いた体育館からはシューズの擦れる音とボールの弾む音、気合いを入れるかけ声が絶え間なく響いてくる。
 バスケット部とバレー部がコートを半分ずつにして練習しているのを確認し、杏子は庇の付いた体育館の周りを歩いていく。
 右手側には絶え間ない雨。左手側には躍動感に満ちた部活の音。その真ん中にいると、逆に遊戯と二人だけなのだと実感した。
 体育館の裏手側、校庭からも校舎からも見えない場所で、やっと杏子は遊戯の腕から手を離した。
「ちょっとうるさいけど、ここなら人目も気にならないから……休んで行こうよ」
 杏子は建物の出っ張りの埃をスカートの端で払い、早速腰掛けた。
「ほら、遊戯も」
 いつまでも突っ立って動こうとしない遊戯を隣に座らせる。
 遊戯は杏子に流されるまま腰を下ろしたが、視線は斜め下から動かない。投げ出された上履きの先が、水しぶきで濡れていくのに気付いた杏子が、わざわざ足を引き上げてやっても無反応だ。いつもの遊戯なら照れながら礼を言うだろうし、いつもの彼ならそもそもこんな醜態は晒さないだろう。
 いつものもう一人の遊戯なら――。そう思いかけて、杏子は自分に言い聞かせる。常に二心同体の遊戯ほど彼の本質を知っている訳ではないのだと。
 彼が現れるのはデュエルの時と、遊戯や仲間がピンチの時が多い。後で知った事だが、昔杏子がバイト中強盗に襲われ人質にされた時も、爆弾犯が遊園地の観覧車に時限爆弾を仕掛けた事件の時も、事件解決に重要な働きをしたのはもう一人の遊戯だったのだという。
 遊戯の自覚がない時から、彼は遊戯と仲間を守るために現れてはいつの間にか消えていた。常人ならば怯んだり逃げ出しても当然の場面で、彼が助けの手を伸ばし敵を粉砕する姿は、まさに正義のヒーローと言っても過言ではなかった。
 だが、彼はヒーローではない。一時は遊戯のもう一つの人格だと思われていた彼が、遊戯とは全く違う、パズルの中に閉じこめられていた別人の魂なのだと知った時、杏子は言いしれない不安を覚えた。彼が正体のしれない魂だけの存在という事にではなく、彼を無敵のヒーローと思いこみ、彼にその役割を押しつけ期待したいた事が恥ずかしく悲しかった。
 英雄視され期待され続けてきた彼が、人並みの孤独と苦しみを抱えているかもしれないと、何故思わなかったのだろう。過去の記憶と肉体を持たない彼は、存在の拠り所として遊戯や仲間を求めていたと言うのに。
 杏子は横目で遊戯を盗み見る。普段の遊戯とも彼とも違う、追いつめられ憔悴している彼を守りたい。力になりたいと、強く思った。
「……ここのところ「ゲーム」騒ぎやビラ騒動で忘れそうになってたけど、もうすぐ――後二日で遊戯の誕生日だよね」
 杏子の言葉に緩慢ながら遊戯が反応する。見上げてきた瞳に光が宿っていなくとも、杏子はそれだけで安心した。
「遊戯が「もう一人のボクは記憶が無くてホントの誕生日も分からないから、ボクと一緒に二人分のお祝いをして欲しい」って言ったから、あなたには内緒で計画を立ててたの。誕生日の日はあたしも城之内もバイトだから、今週の日曜日に休みをもらって、カラオケルームで盛り上がろうって…」
 杏子の話を理解するうち、虚ろだった遊戯の瞳に、ささやかではあるが普段の精気が戻っていた。
 杏子はそんな遊戯に小さく微笑み、話を続ける。
「遊戯はね、スゴク楽しみにしてた。あなたと出会ってから、初めて迎える誕生日だって。あなたへのプレゼントを何にしようかって、何度もお店を下見したりしてね。
「遊戯が怒って閉じこもってるって聞いた時、変だなって思ったの。あなたがパズルをつけないで学校に来た日、あたしはバイト休みで、遊戯と一緒にあなたへのプレゼントを一緒に買いに行く約束をしていたのよ。遊戯があなたとケンカをしたのなら、遊戯がパズルをおいて来るはずだと思ったわ。
「……あの子はあなたから見れば頼りなくて弱い存在だと思う。だからケンカを切っ掛けにして、海馬くんとの「ゲーム」を手助けするために、遊戯の代わりをしているんじゃないかって思ってた。……違ってたらごめんなさい」
「……杏子の言うとおりだぜ…」
 いつの間にか遊戯の瞳には光が宿っていた。視線を真正面から合わせて来た遊戯に、杏子の表情が明るくなる。それに反して、遊戯は自嘲気味に顔を歪めた。
「オレはずっと「ゲーム」に反対していた。相棒を閉じこめてオレの手で「ゲーム」を終わらせようとした。それが――この有様だ。城之内くんに不名誉な濡れ衣を着せられて、相棒の立場さえ危うくした。オレがよかれと思ったこと全てが、裏目に出てばかりいる……」
「遊戯…」
 そんな事はないと言えば良かったのかも知れない。だが、彼は杏子の気遣いから出た言葉にさえも自分を責めるだろう。予感が軽々しい言葉を飲み込ませる。
 遊戯は再び視線を足下に落とし、押し黙った。目に力は戻ったものの、彼の姿は頼りなく、闇に溶けて消えそうに見えた。
 その遊戯の頬を伝って流れていく物が涙だと気付いて、杏子は遊戯から目を離せなくなった。間近で見ても彼が無防備に人前で泣くなどとは、信じられなかった。
 遊戯はちらりと杏子に視線を向け、苦く笑った。
「オレがいるから相棒は海馬の友達にはなれない。オレにとっては願ったり叶ったりだ。だからきっと――この涙は相棒の物なんだぜ…。
「入れ替わっていようと相棒はここにいて、オレと一緒に海馬の言葉を聞いて酷く傷ついた。相棒の身体が、海馬の言葉とオレの存在に、傷ついた涙なんだ……」
 遊戯は零れていく涙を拭いもしない。ただ苦しそうに声を吐き出し、シャツの胸元を握りしめた。
「オレは海馬にどう思われていようと関係ない。オレは少しも悲しくなんて無いんだぜ? それなのに、海馬の言葉を思い出すたび胸が痛くなる。これは相棒の痛みだ。オレのせいで願いを断たれ、自分の居場所を奪われそうになった、相棒の…」
 自己完結した物言いに、杏子の中で感情が弾け飛ぶ。
「違うわ! その涙はあなたの物よ! でなければあなたが遊戯の身体で今まで感じてきた物は何だったの? 遊戯を逃げ道にしないで! あなたが泣いてるのは、あなたが傷ついたからでしょう? 
「敵対してはいても、あなたと海馬くんは誰もが認めるライバル同士だった。それなのに海馬くんに存在そのものを否定されてあなたが傷つかなかっただなんて、カッコつけもいいとこよ!」
 突然杏子に詰め寄られ、遊戯はたじろいだ。杏子の剣幕も不意打ちだったが、何より杏子までもが大粒の涙を流す姿に驚きを隠せない。
「どうして杏子が泣くんだ…。泣かないでくれ。オレが悪かったのなら謝るぜ…。すまない…」
 おろおろとした彼の声に杏子は力無く首を振る。真実など誰にも分からない。二心同体の彼がどれだけ特殊な状態にあるか、彼の言葉を否定できる確信など何もないのだから。
 だが、もしここで彼の言い分どおり彼の涙を遊戯の物だと肯定すると、彼はどこにいるのだろう。生身の肉体を持たない、魂だけの存在である彼は。遊戯という唯一無二の身体を得てここに存在する彼は、過去の出来事は、決して偽りの物ではないと言うのに――。
 杏子は涙を止める気にならなかった。彼が遊戯の代わりをしていたこの数日、ずっと感じていた心苦しさの理由がやっと分かった。
 彼が遊戯のフリをするたび、いつもの遊戯と、別人であるはずの彼が混じり合い、どちらとも違う見知らぬ者がいるような気がしていたのだと――。

 薄暗い闇の中、体育館から溢れた光に照らされた雨は、小降りになってきていた。
「……あなたにお願いがあるの」
「ああ。オレに何が出来る?」
 啜り泣く杏子の消え入りそうな声に、遊戯は精一杯誠実に答える。
「…遊戯と早く仲直りして」
 杏子の願いに遊戯が息を飲むのが分かった。彼が答える前から返事が分かってしまう。
「……無理だぜ」
「どうして? 今のあなたは遊戯と二人でないと海馬くんには勝てないわ。それに遊戯が自分で始めた「ゲーム」を人に預けてリタイアするとは思えない。今夜にでも遊戯と仲直りして、これからの事を一緒に考えるべきよ」
 今度は遊戯が首を振る番だった。
「相棒はどんなにオレが呼びかけても、心の部屋から出てきてくれない。パズルを胸に眠ってもだ。オレは相棒に許されざる罪を犯した。相棒がオレを許さない限り、部屋の扉は開かないだろう……」
「……あなたは遊戯に何をしたの?」
 許されざる罪と言うからには、単なるケンカではあり得ない。彼が今まで立ちふさがる敵を打ち負かしてきた姿が蘇る。人智を越えた能力を遊戯にも揮ったと言うのだろうか。
 杏子の視線に絶えられず、遊戯は目を逸らした。
 血の気の引いた唇が躊躇いがちに動いて罪を懺悔する前に、杏子は彼の言葉を遮っていた。彼が犯した罪を聞くのは怖かったし、何より言わせてはいけないと本能的に分かってしまった。彼は自分を責めてもらいたがっている。
「もしあなたが本当に、遊戯に酷い事をしたのだとしても、遊戯は許してくれるわ。時間が掛かるかもしれないけど、遊戯はあなたが思っているよりずっと強い子だもの。遊戯を信じて。あなた達は誰よりも近くで通じ合った特別な仲間じゃない…!」
「どうして相棒がオレを許せるんだ! オレのせいで海馬の友達になれないのに! オレのせいで二重人格だと白い目で見られて、心ない暴言を吐かれたりするはめになったのに! オレのせいで、」
「あなたのせいじゃないわ。遊戯はあなたのせいになんかしない。あなたを追いつめているのはあなた自身よ。遊戯を信じて…! 怖がらないで…!
「……あなたが遊戯に会えなくて辛いように、遊戯も今独りぼっちで寂しいのよ? 遊戯に会わせて…。お願い…!」
 杏子の涙ながらの訴えに、彼は何度も頷いた。まるで自身に言い聞かせるかのように。
「…ああ…ああ…。分かってる。分かってるぜ杏子……。オレも相棒に会いたい…。誰よりも、……相棒に会いたいんだ――」
 雨は暗い空から絶えることなく、静かに降り続いた。

 まばらになった小雨がやんだ後、遊戯と杏子は校舎へ戻った。校内は室内練習をしていた運動部の姿もすでに無く、明かりの灯った廊下は二人の歩く足音だけが響いた。
 階段を上がり教室へ向かうと、獏良が一人途方に暮れた表情で廊下に座り込んでいる。
「獏良くん、城之内たちは? 帰っちゃったの?」
 杏子の呼びかけと足音に気付いた獏良が二人の方向へ立ち上がったのは同時だった。
「真崎さん、遊戯くん、大変だよ! 城之内くんが…!」
「あれから何があったの?」
「城之内くんがどうしたんだ獏良くん!」
 駆け寄ってきた二人に問いつめられて、獏良は二人がいなくなってからの事を説明しようとしたのか視線を彷徨わせた。しかし、それよりも聞かれた事について返事を返すべきなのかと迷ったらしい。二人の、特に遊戯の顔を見てしばらくのためらいがあった。
 それは獏良なりの配慮かもしれなかったが、二人の緊張感は最大限に高まった。
「……もしかしたら城之内くん、……退学になるかもしれないって……」
 思わず杏子は息をのみ遊戯は見る間に蒼白になった。
 獏良の話によると、二人がいなくなった後は海馬と城之内の諍いは誰も止めに入れず、むしろ体を張って止めに入った本田を城之内が突き飛ばし乱闘になったのだという。
「…でも、海馬くんは言葉ではどんなに挑発しても、城之内くんに手は出さなかったんだ。それで城之内くんが余計に怒っちゃって…殴られた海馬くんが倒れ込んだところに窓があって――海馬くんが顔と腕に怪我をしたんだ」
 獏良の視線の先にある教室の窓ガラスが、丸一枚分取り除かれていた。すでに片付けられてはいるものの、その時の喧噪の様が見えるようだ。
「保健の先生が自分の車で海馬くんを病院に連れて行ったんだよ。海馬くんの腕、折れてるかもしれないからって…。それで今、本田くんや真中くんたちがその時の状況の説明って言うか――職員室に連れてかれちゃって……、高藤先生がすごい剣幕で…、あの先生前から城之内くんの事よく思ってないから……」
「……オレのせいだ…」
 虚ろな眼のまま、遊戯がぽつりと呟いた。
「大丈夫よ遊戯。城之内の喧嘩騒ぎなんてよくある事なんだし、海馬くんの怪我だってまだよく分からないんだし、それに――」
 杏子はなんとか遊戯を励まそうとしたのだが、遊戯には届かない。
 そこに不機嫌なぼやきと足音を響かせて、本田たちが戻ってきた。
「本田! 城之内はどうなったの?」
 本田は獏良のそばに杏子と遊戯の姿を見つけて足を止めた。呆然と見つめてくる遊戯に、何かを言いかけて口を開いたが言葉にはならなかった。
 微妙な空気を察して、獏良がたどたどしい言葉を繋ぐ。
「……本田くん…城之内くんは……」
「……今、緊急の職員会議だって、そのまんま捕まってる」
「城之内が退学って嘘でしょ? だってそんな急に、海馬くんだって、海馬くんがそもそも原因なんじゃない!」
 詰め寄る杏子に本田が口を閉ざす。重苦しい空気の中、遊戯が再び呟いた。
「……オレのせいだ」




 

      10

■……orz
2010/02/14UP