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■8■ 「ゲーム」十八日目の早朝、新聞配達のバイトが終わった城之内は、コンビニのビニール袋を片手に歩いていた。その中には朝飯用の弁当と飲み物が入っている。 「……夜のバイト減らすかなー…」 込み上げるあくびついでに首をまわし、城之内は独り言を呟いた。 「ん…?」 自宅である古い集合アパートの手前には、小さな公園がある。滑り台とブランコ、二つのベンチというささやかな場所に、学生と思しき人影が見えた。 今の時間は六時前。出勤のサラリーマンやOLとすれ違う事はあっても、学生は滅多に見ない。 城之内は何故かその人影に気をとられた。 家に向かって歩くうち、徐々に公園の立木の切れ目から人影の全身が見えてくる。それが誰であるのか気が付いた時、城之内は駆け出していた。 「遊戯!」 城之内の緊張した声が、静かな住宅街に響き渡る。 ベンチで一人ぼんやりしていた遊戯は、弾かれたように顔を上げた。 遊戯が立ち上がり、歩き出そうとする前に、城之内は彼の元へ走り寄る。 「ど、した、こんな、早く」 城之内は息を乱しつつも、素早く遊戯の様子を確かめる。遊戯の顔色は青白く、唇さえいつもの色がない。 「お前、身体、大丈夫なのか?」 昨日の昼休み、遊戯が倒れたと聞いて、城之内たちが保健室に駆け込むと、遊戯はベッドの中で死んだように眠っていた。血の気の引いた顔は疲労のせいで酷くやつれて見えた。 「大丈夫だぜ…。早くに目が覚めちまったから、城之内くんに会えるかもと思って、待ってたんだ……。迷惑だったかい…?」 「そんな訳ねーよ。……でもお前まだ顔色悪いぞ?」 取り合えず立ち話もなんだから家に…と言いかけて、城之内は躊躇した。朝のバイト中に父親が帰ってきているかも知れない。自分だけならまだしも、遊戯にまで嫌な思いをさせたくなかった。 ひとまずベンチに促した城之内は、遊戯の肩口に触れてギョッとする。制服は朝露の湿り気を感じるほど冷えていた。 「お前、いつからここで待ってたんだ!」 城之内の剣幕に遊戯の大きな目が揺らぐ。まるで上手な嘘が見つからない子どものようだ。 「来い!」 「い、たいぜ、城之内くん」 城之内は遊戯の腕を掴み、抗議を無視して歩き出した。 家に帰ると幸い父親は前日から出かけたままだった。 城之内は小さな玄関に脱ぎ散らかされた靴を足で押しやり、遊戯が靴を脱げるスペースを作る。 「汚ねーとこだけど遠慮せず上がれよ」 食卓代わりのこたつにコンビニの袋を置いて、城之内は冷蔵庫から牛乳の紙パックを取り出した。適当に中身を手ナベに注ぎ、コンロにかける。 遊戯はその間も鞄を抱えたまま、所在無げに玄関に立っていた。 いつもの遊戯なら何度か遊びに来ているが、こちらの遊戯を呼んだのは初めてだと、城之内は気が付いた。 「入れよ。そんなとこにいたら風邪ひくぞ」 遊戯の腕を引っ張り、強引とも言える強さで部屋の中に座らせる。 やがてナベからじわじわという音がして、スプーンを探したものの見つからず、城之内は手近にあった菜箸で掻き混ぜる。砂糖を大盛り一さじ入れた後、こちらの遊戯は甘党だったと思い出し、更に二杯入れた。 「ほら、熱いから気を付けろよ」 「……ありがとう」 湯気の立つ牛乳をマグカップで出すと、遊戯は素直に手を伸ばした。何度か吹き冷まし遊戯が口を付けたのを見届けてから、城之内は遊戯が話しやすい話題を振った。 「――犯人探し、マジでやったのか?」 昨日の放課後、遊戯と本田と獏良に加え、真面目で成績の良いグループの、井沢と真中と橘の六人が、朝のビラ撒き犯人を探すと言っていたのだ。 「……具体的な事は何もしてないぜ。オレと城之内くんの会話を聞き得た奴と、君を陥れる動機のある奴を推理したくらいで――」 城之内はがりがり後頭部を掻いた。 「あのよぉ、もしオレのためなら、犯人探しなんかしなくていいぜ?」 「城之内くんに濡れ衣をかけられているのに、放っておく訳にはいかないぜ」 「オレは海馬の件に関して何もやましい事はしてねぇ。オレはお前らが分かってくれてれば、関係ないヤツにどう思われたっていーんだよ」 城之内の声は強がりでも何でもなく、自然だった。だからこそ、遊戯は罪悪感で俯き気味になる。 「……すまない城之内くん…。「ゲーム」は海馬とオレ達の問題だったのに、オレのせいで君を巻き込んでしまった…」 「なんでお前が謝るんだ。悪いのは面白半分にビラを撒いたヤツだろ。オレは遊戯が「ゲーム」の話を打ち明けてくれて、すげぇ嬉しかったんだぜ。オレは頭が悪ぃからちっともいい案が思いつかねえし、昔の素行も悪ぃからつけ込まれて結局足手まといになっちまってるけど……」 「城之内くんは足手まといなんかじゃないぜ。ダメなのは、オレの方だ……」 遊戯は手の中のカップを強く握りしめる。 「君の汚名を雪ぐと言いながら、オレは、相棒の事ばかり――相棒の事しか考えられないんだ……」 「当たり前だろ。そっちの方がお前には大事な事だ。オレにとっても。何も気に病む事ねぇよ」 「……城之内くん」 遊戯が顔を上げる。赤く充血した目が少し潤んで艶めいていた。彼は今、自分がどんな表情をさらけ出しているか、自覚がないに違いない。でなければ余りにも無防備だ。 城之内は胸が締め付けられるような息苦しさを感じた。込み上げる衝動のまま、遊戯の肩を引き寄せて抱きしめたい。 ――貴様はどちらの遊戯狙いなのだ? 不意に海馬の言葉を思い出し、城之内は冷静さを取り戻す。一瞬妙な気になりかけたのは、海馬の罠に違いない。 昨日の朝、話があると城之内を引き留めた海馬は、遊戯と城之内の絆を揺るがす方向で挑発してきたのだ。 「貴様はどちらの遊戯狙いなのだ?」 「はぁ? どっちの遊戯もオレの親友だぜ」 城之内は海馬の問いかけに、訳わかんねーとブツブツ文句を垂れた。 「犬にはもっと分かりやすく言わねばダメか……。どちらの遊戯とSEXしたいのだ」 「せ、せせせせ、SEXって、何言ってんだてめー!」 城之内は顔面真っ赤にして狼狽えた。いつもの遊戯や本田達とは気楽に出る言葉でも、海馬から遊戯相手に使われる単語には、予想の範疇を越え過ぎていた。 「貴様の遊戯に対する態度は「友達」としてのラインを越えているではないか。いつでも何処でも遊戯を守るために吠えている、番犬とも言えるがな」 「――随分下衆な考えだな。お前こそが遊戯をそう言う目で見てんじゃねーのかよ。このド変態!」 「……貴様は遊戯の「親友」だと言っているが怪しい物だ。貴様は「ゲーム」に賭けられている物がパズルだと、遊戯に教えられたのだろう?」 城之内は肯定しようとして、遊戯は一言も自分からは具体的な名前を言わなかった事を思い出した。遊戯が「大事な物を失ってしまう」と言ったから、胸に下げてなかったパズルだと思い込んでいたのだ。 城之内の戸惑いを嘲るように海馬は続けた。 「オレが「ゲーム」に勝って手に入れるのは普段の方の遊戯だ。妙なオカルトグッズではない。「ゲーム」を始める前の日に、オレはわざわざ学校へ来て遊戯に聞いただろう? オレの「モノ」になれ、とな」 城之内は笑い飛ばそうとして出来なかった。海馬の双眼が本気だと告げていた。 城之内の余裕は急速に焦りへと変わった。海馬の言葉など信じるに値しないはずなのに、疑いがほんの小さな心の隙間に入り込んでくる。 海馬は返答に迷って視線を泳がせる城之内に追い打ちをかける。 「貴様は何故昨日今日と、あの遊戯がパズルを付けていないのかも、知らんのだろう?」 「それは、」 二人がケンカして、と続ける前に、海馬の口から信じられない話が耳に入ってきた。 「それは、あいつにいつもの遊戯が心の中でレイプされたからだ」 「う、嘘言ってんじゃねー!」 「では確かめるがいい。あいつは昨日わざわざ昼休みにオレの所へやって来て、自慢気に語っていたぞ。相棒の唇は甘かった、最初は痛いと泣いていたが、そのうち何度もせがんで眠らせてくれなかったとな」 確かに昨日遊戯は弁当もろくに食べず、暫く姿を消して屋上に戻ってきた。遊戯の食欲がないのは気になったが、腹具合が悪いと言われて納得し、何も変だと思わなかった。第一、遊戯が涙声で語った事が嘘だとは思えない。 だが、あの時遊戯は「相棒に酷い事をした」と言っていた。それが海馬の言う「心の中でのレイプ」になるのだろうか。 城之内はブルリと頭を振った。頭を使うのは柄ではないし、何より己が信じるべき相手は遊戯だ。 「オレと遊戯の間に溝を作ろうとしても無駄だぜ。オレ達の友情という結束の力には通用しねーんだよ! ったく、つまんねー事で引きとめんな!」 城之内は文句たらたらでその場を後にした。海馬がどんな表情をしていたか、知る事もなく――。 「遊戯は……まだあいつは怒ってんのか?」 二人がケンカをしたという夜から数えると既に三日目だ。 途端に遊戯の瞳から、目に見えて生気が消えた。 「分からない……。何度呼びかけても相棒の気配さえ感じない…。こんな事は今までなかった……。 「昨夜、オレはパズルを抱いて寝たんだ。……そうすれば相棒が夜の間に入れ替わってくれるかも知れないと、期待していたんだ。 「……朝になっても、何も変わっていなかった。もう、ダメなのかも知れない…。相棒がオレを許してくれなかったらオレは――」 「しっかりしろよ遊戯!」 城之内は堪らず、遊戯の肩を掴んで揺さぶった。虚ろな眼で呟き続ける遊戯は、まるで魂ごとどこかへ行ってしまいそうだった。 「オレが許すぜ!」 「……」 呆然と見上げてくる遊戯を見ながら、城之内は内心何を言ってるんだと自分へツッコミを入れた。 レイプかどうかはともかく、この遊戯がもう一人の遊戯に対して許されざる過ちを犯したのなら、二人の問題でしかない。まして、己が人を裁けるような身上でないのは嫌と言うほど分かっている。 それでも、城之内は続けた。 「お前らの間に何があったのかオレは知らない。でも、お前はもう充分すぎるくらい苦しんでる。例えあいつが許さないとしても、オレは、お前を許す。だから、これ以上思い詰めて自分を責めんなよ……」 ゆっくり胸に押しつけるようにして、城之内は遊戯の身体を抱きしめた。 「じょ、うのうち…くん…?」 遊戯は戸惑いつつも、城之内の抱擁を受け入れた。持ったままだったカップを傍に置き、空いた手を彼の背中へ回す。 相棒と違い、遊戯は城之内とプロレスごっこもした事がない。抱きついてじゃれ合うなど柄ではないと思っていたし、城之内にもどこか遠慮めいた物を感じていたからだ。 心の中で抱きしめた相棒とは違う温もりに、遊戯は冷え切っていた身体の内側から暖められているような気がした。 「城之内くん……」 遊戯は心地よさに目を閉じる。そうしていると口の中に甘い牛乳の味がした。 「君には情けないところばかり見せてしまってるな…。 「ありがとう。「ゲーム」も、相棒の事も、オレなりのやり方で解決してみせるぜ…」 城之内の心に起こった変化に気付くはずもなく、遊戯は久しぶりの安らぎに身を任せた。 遊戯と城之内が登校すると裏門が見えたところで、杏子が二人を待ちかまえていたように駆け寄ってきた。 「遊戯、城之内、大変よ! これ――」 「どうしたんだ、杏子」 杏子が手にしていた物は昨日と同じ文面のビラだった。だが、昨日は黒一色だった文字が、今日は所々強調するように赤色が使われていた。 「今、本田や獏良くんたちで回収してるんだけど、全部は無理かも知れないって……。学校全部のクラスに撒かれてるらしいから…」 「くそっ!」 城之内は怒りにまかせて紙を破りグシャグシャに丸めた。 昨日ビラが撒かれた範囲は遊戯のクラスのみだったので、回収は簡単だった。散々ビラの内容を揶揄していた武田たちも、話を無闇に広げて海馬の怒りを買う気はなかったらしく、この話はクラスの中だけの秘密だったのだ。 まるで遊戯と城之内の行く末を暗示するかのように、空は薄曇りから暗い色に変わってきていた。 本田たちの努力も虚しく、ビラの内容は学校中の者が知るところとなった。 人の口に戸は立てられない。まして、つい最近騒ぎになった海馬が当事者に含まれていれば尚更だ。 休み時間の度に、下世話な噂に踊らされた者が遊戯のクラスを訪れては、次々心ない言葉を吐いて争いの原因となった。 当然事は学生の間だけでは収まらず、遊戯と城之内は昼休みの指導室に呼び出された。 学年主任でもあるベテラン教師高藤は、「学生の分際で賭け事をするとは何事か」と怒り心頭だった。 しかも遊戯のクラスの担任は、海馬への嫌がらせ事件への対応が遅かった事もあり、クラスで何度も事件が起きるのは管理能力に問題があるからだ、このクラスは問題児ばかりだ、中間試験の平均も最下位だと、ビラ騒動とは関係のない事までねちねち論われて、遊戯たちは昼休みが終わる頃、やっと解放されたのだった。 一方、遊戯のゲーム相手である海馬には、呼び出しも注意も無かった。 その不公平な対応には、多くの者が学校側への不審や不満を持つ事となり、遊戯と城之内に対してクラスの中は、武田たちを除いて自然と同情的な空気になった。 暗雲垂れ込める空は、やがて小粒の雨を降らせ始めた。 六限目前の休み時間、遊戯は常に持っているデュエル用のカードを確かめながら、一つの決心をしていた。 カードを見つめる遊戯の眼差しは真剣で、とても気休めなどという呑気な雰囲気は無い。 城之内をはじめとする仲間たちにとっては良く見知った、しかし、ここ数日の事を思えば随分久しぶりに感じる、もう一人の遊戯本来の姿だった。 「……遊戯くん、ちょっといい?」 闘いに備え意識を徐々に研ぎ澄ませていた遊戯にとって、その声は煩わしい物だった。 遊戯が視線を向けると、声をかけてきた少女は傍目にも怯えた表情になった。 昨日杏子に注意された事を思い出し、遊戯は意識して相棒らしい優しい声を出す。 「……何か用?」 少女は躊躇いながらも気を取り直したように、手にしていた小さな包みをおずおずと差し出した。 「これ…、ラベンダーのポプリなの。良かったら使ってみて…」 遊戯は差し出されたファンシーな包みと少女の顔へ、交互に目をやった。ポプリがどんな物であるのか知らないし、何故彼女がこんな事をするのかも分からない。 遊戯は相棒の男友達はともかく、女子生徒はクラスメイトと言えど顔しか覚えていない。確か杏子はこの少女を「カオリ」と呼んでいた気がする。名前を思い出せたのは、海馬の落書き騒ぎの時に、海馬の暴挙を非難して止めようとしてくれたのが彼女だったからだ。 遊戯は彼女の行動を理解出来ないまま、ひとまず包みを受け取った。 「ありがとう」 少女は遊戯の思惑を知るはずもない。遊戯が受け取ってくれた事で少し緊張が解けたのか、恥ずかしそうに微笑んだ。 放課後になると雨足は強くなった。 普段ならSHR後の教室は、すぐに人気が無くなるのだが、今日は別のクラスの者まで交じって騒がしかった。校庭を使う部活の者たちが、室内用練習メニューの打ち合わせ中だったり、傘がなくて教室で暇つぶしをしている者がいたからだ。 そんな教室の片隅には、遊戯を省く昨日の放課後と同じメンバーが集まっていた。本日バイトが休みの城之内は、率先してその輪に入った。同じくバイト休みの杏子や、杏子と仲の良いクラスの女子たちも協力を申し出て、結構な数になった。 皆の目的はビラの犯人探しをする事だった。海馬には決して言わないであろう言葉を吐いて、故意に人を傷つけようとする者も許せないが、それ以上に遊戯と城之内を陥れ、高みの見物を決め込んでいる犯人は、捕まえて制裁されるべきだった。 陰湿で執拗な嫌がらせに対して、皆我が身に降りかかった災いのように、怒りを覚えていた。 手始めに今日の朝と昨日の放課後、不審な行動をしていた者がいないか聞き込みをする事になった。 全てのクラスにビラを撒いていくのは一人では時間がかかるし、複数人でも簡単な事ではない。校舎は特別な行事でもない限り、午後六時には鍵がかかる。朝は7時半から開いているので、可能性としては朝が怪しいという事だ。 幸い雨でどのクラスも、まだかなりの人数がいるだろう。情報を集めていけば些細な事からでも、犯人の手がかりが見つかるに違いない。 自席でデッキの最終チェックを終えた遊戯は、おもむろに席を立つと海馬の元へ歩み寄った。 海馬はSHRの間から引っ張っていた仕事に一区切り付け、帰り支度をしていたところだった。 「海馬くん。提案があるんだ」 騒がしい教室の中でも、城之内は遊戯の声を捕まえる事が出来た。打ち合わせに加わりながらも、意識は常に遊戯に向いていたからだ。 城之内の視線は二人に注がれ、それに気付いた者の視線も同じ方向に向けられる。 「ボクと君で始めた「ゲーム」は、多くの人の関心事になってしまった。これ以上続けても、きっとお互いのためにはならないと思うんだ……」 淡々と続ける遊戯の声を良く聞こうと、周りはいつの間にか静かになっていた。 「だから、別の「ゲーム」で勝負を付けたい。ボクは今日、デュエル用のカードしか持ってないから、海馬くんがやりたい「ゲーム」があれば、日を改めてでも……」 「断る」 海馬は遊戯の言葉を遮って、勢いよくジュラルミンケースの蓋を閉じた。そのまま遊戯には目もくれず立ち上がる。クラス中の者が息を詰め動向を窺っていようと、意にも介さない。 そのまま教室を去ろうとする海馬を、城之内は呼び止める。 「海馬、びびってんのか? デュエルじゃ遊戯にかなわねぇもんな!」 城之内の言葉に周りの者はざわめき立った。遊戯の申し出は、二人のゲームを早く終わらせる一番の方法と思えたし、ゲームが終わって海馬が学校へ来なくなれば、皆以前の日常に戻れるのだ。何より海馬に対しては、表だって言えない不満を持っていた。 そのため誰ともなく、「海馬はデュエルの勝負では自分が不利なため逃げるつもりなのだ」と、嘲る声が漏れだした。 立ち止まり振り返った海馬の顔は、まるで仕掛けた罠に嵌った獲物を、確認した密猟者のような笑みに満ちていた。 そのゾッとする表情は城之内ではなく、遊戯に向けられていた。笑顔の下に潜む殺気に、遊戯の本能が危ないと警告する。 しかし、ここで遊戯が退く訳にはいかなかった。 「海馬くん、ボクと、」 「オレが「ゲーム」をしているのは武藤遊戯で貴様ではない!」 周りの者は呆気にとられた。目の前にいる者以外に、武藤遊戯がいるはずがない。 だが、遊戯と仲間たちは凍り付いた。 敵対しているとはいえ、海馬はこれまで遊戯の秘密を周囲の者に吹聴したりはしなかった。海馬が滅多に学校に来ない事や、周囲に関心が無いだけかも知れないのに、何故か「する訳がない」と思っていた。 おそらく皆、海馬には悪い意味でも付き合いが長い分、ある種の繋がりを感じていたのかもしれない。 「な、何言ってんだ、海馬。遊戯は遊戯だろ。寝不足で頭がイカレちまったか?」 絶妙なタイミングで城之内が突っ込むと、周りの者も次々同調した。 海馬はそれらの声に舌打ちし、吐き捨てる。 「どいつもこいつも、貴様らの目は節穴か! その程度の認識でよくも友達などとほざけるものだ!」 強くなった雨音をかき消すほどの海馬の声が、遊戯と仲間たちを新たなる災いの場へ突き落とした。 「武藤遊戯は二重人格者だ!」 7 9 |
■城v闇のシーンが増えるに従って、どんどん闇様がヘタレに…。私は楽しいんですが闇表目当てで読んでる方がいらっしゃったら、闇様のへなちょこぶりに引かれてる気がします。……次回はもっとダメダメですよ! 2010/02/14UP |