休日の出来事



 うららかな日差しの日曜日。獄寺は公園でベンチに座り、ぼんやり煙草を燻らせていた。
 住宅街にあるその公園は獄寺にとってテリトリーとも言えるほどに慣れ親しんでいる場所だ。広くて遊具やベンチが多く、日差し除けになる高木と藤棚があり、周りを緑で囲っているが背丈の低い種類がメインなので気持ちの良い開放感がある。そのためここを利用するのはご近所のファミリー層が中心で、子どもを遊ばせながら奥様方は井戸端会議がごく当たり前な風景だ。
 今日も休日だけあって、獄寺が座っているベンチの反対側になる遊具付近では子ども達が時々歓声をあげてはしゃいでいた。子ども達と少し離れたベンチに座る年若い女性が、時々名前を呼びかけたりしているのを見るに親子なのだろう。
「……暇だ」
 声に出してみると一層侘びしさが身にしみる。獄寺は深く紫煙を吸い込み吐き出す事を繰り返した。
(10代目に会いてぇ……)
 いつもの獄寺ならそう思った時点で沢田家に向かっている。時には目的無くぶらついているといつの間にかたどり着いていたりする。(犬並の帰還本能?)
 けれど、今日の獄寺は動かない。家を訪ねても沢田がいないと知っているからだ。



 昨日いつものように沢田を家まで送った獄寺は、宿題を教えて欲しいという言葉につられて家に上がり込み、おやつばかりか夕食までご馳走になった。(ビアンキはリボーンとデートでいなかった)
 その食事の席で沢田の母(奈々)が暑くなる前に沢田の新しい服を買わなくてはと言い出した。自分も付いていくとランボが騒ぎ出して、奈々は『もちろんランボちゃんもイーピンちゃんも一緒にみんなで行きましょ。美味しいアイスのお店が出来たんですって』と楽しそうに笑った。
 獄寺も誘われたが、沢田が慌てて『獄寺君だって予定があるんだし!』と奈々を咎めたので、迷惑ではなくむしろ誘って貰えて嬉しい事を伝え、家族団らんに水を差すのも悪いスからと丁重に断った。沢田と一緒に休日を過ごしたい気持ちは山盛りだったが、翌日はビアンキがいるに違いないので結局無理だろうと諦めたのだ。
 今日は目が覚めると昼前で、起き抜けにミネラルウォーターを飲んだだけで特にする事もなく、腹も減っていないのでぶらぶら散歩するうち沢田家近くまで来て、そう言えば10代目はデパートに…と思いだしこの公園のベンチに腰を下ろしたのだ。



 何本目かの煙草を吸いながら公園の鳩をぼんやり見ていると、その中の一羽に目が止まった。黒っぽい群れにそれだけが茶色い羽で目立ったせいもあるが、他の個体よりも小さくどことなくかわいらしい。
(……10代目みてぇだな……)
 決してあるじが鳩と同じレベルだと思っているわけではなく、沢田の明るい色の癖毛とか、変声期間もない声だとか、パンツ一枚ですごい力を発揮する姿だとか、沢田に関する好ましい特徴を身近な物に重ねて見てしまう癖が付いてしまっているのだ。
「獄寺君、何してるの?」
「うわっ!」
 突然背後から会いたくて堪らない存在に声をかけられて、獄寺はベンチから飛び上がり地面に転げ落ちた。獄寺の奇声に驚いた鳩が離れた場所にいるにも関わらずバタバタと羽ばたく。
「ご、ゴメン、ビックリさせて。大丈夫?」
「じゅ、10代目…!」
 沢田は手にしていたコンビニのビニール袋をベンチの上に置くと、両手で獄寺の体を引き上げようとする。バクバクする胸の鼓動と目の前の存在に狼狽えながらも、獄寺は礼を言って助けを借り立ちあがった。
「きょ、今日はお母様たちとデパートに行かれたはずではッ」
「うん。もう行ってきたよ。朝一で買い物してすぐ終わったし、ついでに母さんやランボやイーピンの服まで買ったから大荷物になっちゃってさ。昼飯食ってオレだけ先に荷物持って帰ってきたんだ。ランボたちは屋上の遊具で遊ぶって言うし、ビアンキは今後の参考にって母さんと美味しいって評判のアイスを食べるって言ってたから、オレがいなくても大丈夫そうだったし」
「そ、そうなんスか」
 説明しながら沢田は獄寺の体に付いた土埃を払ってくれた。まるで沢田家にいる子ども達と同じ扱いだと我が身を情けなく思い、すぐに10代目は面倒見が良くてお優しい方だと自慢したい誇らしい気分になった。
 二人でベンチに座り直し、獄寺は沢田が置いた袋を渡す。
「ありがとう。なんかジュースが飲みたくなったのに家に何も無くてさ。コンビニで買ってきたとこなんだ。――獄寺君は?」
「え、あ――……。天気がいいのでひなたぼっこを……」
 本当の理由を明かすのは気恥ずかしくて適当に見繕った言葉なのに、沢田は「そうだね今日はいい天気だもんね」と同意してくれた。
 そのまま沈黙が続き、獄寺は何を喋るべきか必死になって考えた。いつもならすらすら出てくる言葉が喉に詰まって声にならない。今日はもう会えないのだと諦め腑抜けすぎていたせいだろうか。
「飲んでもいい?」
「は? え、あ、はいっ! どうぞ遠慮なさらずッ」
 一瞬何を飲んでいいのか分からず焦ったが、すぐにコンビニで買ってきたジュースの事だと気が付いた。沢田は自分一人分の飲み物しかないので気が引けたのだろう。
 10代目に気を遣わせてしまうとはなんてオレは間抜けなんだと心で罵っていると、そんな事とはつゆとも知らぬ沢田は「これ新発売のやつなんだよ」と嬉しそうにキャップを開けた。
 沢田は喉が渇いていたのかゴクゴクと喉を鳴らした。ペットボトルに付けた唇のふっくらした形や白い喉が動く様に、獄寺は沸き上がるような衝動を感じた。自然と沢田を見つめながらごくりと喉を鳴らしてしまう。
「獄寺君も飲む?」
 沢田は獄寺の視線や唾液を飲み込む音を、自分と同じで喉が渇いていると思ったのだろう。無邪気にペットボトルを差し出してくる。
「いっ、いえ、そんな……」
「これ、見た目の割にそんなに甘くないよ」
 レモン色がかった半透明の液体は天然色のデザインで「パインウォーター」という文字が読めた。
 遠慮しても沢田は「味見して感想教えてよ」と言うので、獄寺はおずおずと受け取り口に含んだ。
 間接キスになるが、さすがに獄寺もそのくらいの事では緊張しない。沢田は新しいドリンクが出るたび面白がって試飲しては、獄寺や山本に回して感想を聞くのが常だからだ。
 そもそも獄寺は既に間接キスでは満足できない所へ達してしまっていて、可能ならば沢田とキスがしたいのだ。もっと本音を言えばキスどころかそれ以上のいやらしい事をいっぱいしたい。まずは好きだと伝えて沢田に引かれたりせず、全く同じとは言わないがそう言った意味で期待が見込める返事を貰う事が第一目標だった。
 けれど、獄寺は沢田がいたってノーマルな性癖である事を知っていた。同じクラスの笹川京子が初恋の相手である事も。当然沢田は獄寺の想いに気付いた風もない。
 獄寺にとって同性である事はさほど問題ではないが、沢田は尊敬し命を捧げるボスという唯一無二の存在だ。恋人になりたいという望みは畏れ多いと思うし、不興を買って側にいられなくなるのだけは絶対に避けたい。
 それ故、獄寺は自分の恋心に気が付いてから数ヶ月経つというのに、告白出来ないでいた。気持ち悪がられて避けられるくらいなら、友達として接してきてくれる現状を大事にしたいと思うのは当然だろう。
「どう? やっぱり甘い?」
 ぼんやりしていると獄寺がドリンクを飲む仕草を見入っていた沢田が訪ねてきた。意識が妄想へ飛びかけていたのでどんな味がしたか覚えていない。
 獄寺は舌で口内を掻き混ぜて、僅かに残っているそれを確認した。
「え……と、やっぱオレにはちょっと甘いっスけど、嫌な甘さじゃ無いっつうか、ちょっと酸味があって美味いっス」
 正直な意見を伝えてペットボトルを返すと、沢田は安心したように笑った。
「良かった。獄寺君、飲んでからぼんやりしてたから、もしかしてすっげーマズイのにそう言えなくて困ってるのかと思った」
「そっ、んな訳ねーっスよ! ちょっと考え事してたもんで、すみません」
 獄寺が頭を下げると、沢田は「獄寺君が謝るような事じゃないから」と慌てた。
「……あそこにさぁ、ハトいるじゃん?」
「へ? ああ、はい」
 急によそへ話が振られて、獄寺は沢田の視線の先と同じ方向へ目を向ける。公園の奥にあるベンチの周辺を鳩の群れがうろついていた。
「あの中に一匹だけグレイのハトがいるでしょ」
「……はい。いますね」
 確かに沢田の言うとおり、よく見れば他の鳩よりも体の色が白っぽい個体がいる。
「オレ、ここの近く通るたびあのハト探しちゃうんだよね。なんかさ、ちょっと獄寺君に似てるなって……」
「オレがあの鳩にっスか?」
 それではまるでさっきの自分と同じだと、胸がドキリと高鳴った。
「あっ、ゴメン。ハトに似てるなんて変だよね。グレイの羽が獄寺君の髪の色を思い出すってだけなのに、そもそも獄寺君の髪はグレイよりももっときれいな銀色っぽいのに……」
 バカな事を言ったと耳まで赤くして沢田が弁解する。獄寺は同じように頬を紅潮させながら、沢田をフォローするつもりで口走った。
「オ、オレもさっきあの中にいる茶色い鳩を見て、10代目みたいだなって思ってたんです」
「そ、そうなの? あ、ホントだ、茶色いハトがいる。気が付かなかった」
「ああああのッ、決して10代目が鳩っぽいとか思ってる訳じゃなくて、髪の色と似ててちょっとちっさいとこも…うわっ、何言ってんだオレすみません」
 墓穴を掘ってしまった。
「う、ううん。気にしてないから。むしろ、オレたち同じ事考えてたんだって、ちょっとうれしいかも」
「そ、そっスか! オレも10代目とシンクロしたみたいで光栄っす!」
「……」
「……」
 気恥ずかしくて沢田がどんな顔でそう言ってくれたのか確かめられない。獄寺は視線を自分のスニーカーに向けて、胸の鼓動が静まるのを待った。
「あっ」
 その声に瞬間顔を上げてあるじを確認した獄寺は、沢田の視線の先を追って硬直する。お互いが似ていると言い合ったグレイのハトと茶色の鳩が、くちばしをつつき合わせていた。
 獄寺は鳩の生態を知らない。詳しい者が見れば、あれは単によくあるコミュニケーションなのだとか、実はあの二羽は親子で子どもが親に餌を欲しいと強請っているのだとか、きちんとした理由があるのかもしれないのだが、素人目にはまるでキスをしているように見えた。
 これがよくいる羽根の鳩同士であれば、仲がいいんだなと微笑ましい気持ちなのに、なまじ互いに似ていると言ってしまったせいでどうしても意識してしまう。
 獄寺は鳩に自分たちを重ねて沢田とキスしたような気分になっていた。しかし、隣のあるじが先ほどの一言のみで何のリアクションもない事に内心血の気が引いた。もしや自分の妄想を感づかれてしまったのではないか、自分と同じ想像をしてしまい男同士でと気分を害したのではないかと、悪い事ばかり考えてしまう。
 せめて沢田がどんな表情で鳩を見ているのか確かめたくて(まだ鳩はくちばしをつつき合っていた)、獄寺はそっと眼球だけを隣に寄せた。
「……ハトはいいなぁ」
 ぽつりと漏れた言葉に獄寺の時が止まる。
 沢田が思わず呟いたとしか思えない声は、公園の立木を揺らす風や憩う家族連れの笑い声などに紛れて普通なら聞き取れないほど小さかった。けれど、沢田に意識が100%向いていた獄寺には絶対聞き間違いではなくて、まるで人目を気にせずくちばしをくっつけ合う鳩を羨ましがっているように感じたのだ。
「え、あの、今――」
 聞き取れなかった振りをして確認をとると、沢田はハッと表情を変え獄寺に視線を合わせた。
「何? どうしたの獄寺君」
「……いえ、何か仰ったかと」
「ううん。何も言ってないよ」
「…………」
 沢田は優しい笑顔を向けてくる。そこには嘘の欠片も無かった。
 だが、獄寺には聞こえた。沢田にとって笑顔で誤魔化せると思える程度の物でも、獄寺には嬉しい期待を抱かせた言葉だったのだ。それを全部無かった事にされると、沢田の言葉にときめいたり焦ったり心配したりした自分の気持ちがはなから存在しなかったような、沢田の言葉に感じた何もかもが下らない物として否定されたような気分になった。
 沢田にそんなつもりが無い事は分かっている。けれど、部下にあるまじき身勝手な想いを棚に上げて何様のつもりだと自分を非難しても、暗い気持ちが込み上げるのは抑えられない。
 だから。
「……10代目が鳩はいいなって仰ったので、オレも同じ事考えてました」
 途端に沢田がビクッと体を強ばらせても罪悪感は感じなかった。
「……オレも、あいつらがうらやましいです……」
「…………」
 何がとも、どんな風にとも、獄寺は具体的な事はわざと伝えなかった。沢田の反応次第でどうとでもなるように、卑怯なみみっちい保身からだ。
 しばらく二人はただベンチに座っていた。
「……オレが何でしょっちゅう新発売の飲み物買って、山本に試し飲みを勧めるか分かる?」
 沢田は必ず試飲のペットボトルを山本に渡す。最初は山本を優先しているのだと嫉妬心と疎外感で『何でオレじゃないんスか!』と沢田を問いつめたりもした。そのたび沢田に『獄寺君、甘い飲み物好きじゃないし…』とあくまで獄寺の好みを考え配慮してるだけだと言われれば引き下がるしかない。けれど、沢田は山本から率直な感想と共にペットボトルを返して貰い、『そうかな』なんて再確認しながら再び口を付けたあと気を遣ってか『獄寺君も飲んでみる?』と差し出してくれるので、獄寺は見えないシッポを振りまくり受け取るのが常だった。
「それは……10代目は探求心が旺盛で新しい商品を率先して確認する行動力がおありですから。山本から回すのはオレが甘い飲み物を好きじゃないのでお役に立てないと思われてるのだと……」
「それなら何も三人でいる時じゃなくても良くない? むしろ苦手な獄寺君に勧めるのって、獄寺君はオレの言う事を断れないって分かってるのに酷いと思わない?」
「酷いだなんて、オレは一度だって思った事ないっスよ! むしろアネキのせいで変なトラウマさえなけりゃオレが全部野球バカより先に試飲したいです!」
 獄寺が正直に伝えると、沢田は数回目を瞬かせてほんのり頬を染めた。
「……獄寺君てそうやって嬉しい事言ってくれるから、オレ、勘違いしたり期待したりしちゃうんだよな」
「え?」
「オレ、君のそーゆー気持ち利用してるんだ。山本にライバル心持ってるとこも」
「あ、あの、沢田さん…? 話が見えないんスけど……」
 自嘲気味な沢田の告白に、獄寺は何故そんな事を言い出すのかさっぱり分からない。
 沢田は手にしていたドリンクを口に運び、飲み口をペロリと舐めた。その赤い舌先の動きが艶めかしくて見とれると同時に、獄寺が返してからキャップも閉めずそのままだったのだと気が付き動揺した。
 自意識過剰だと思う。獄寺が口を付けたペットボトルを沢田も意識しているなど。
 それがありありと顔に出ていたのか、沢田が上目遣いで見上げてくる。いつになく挑戦的な眼差しに、獄寺は自分の予想が当たっている事を知った。
「さすがに普段は舐めたりしないけど、オレ、いつも獄寺君と間接キスだって思ってドキドキしてる。ホントは獄寺君だけに飲んで欲しいけど、怪しまれるから山本をダシにしてるんだ」
「……」
「気持ち悪いよね。獄寺君もてるのに男にそんな目で見られてるなんて。しかもダメツナのオレに」
「そんな事ないです! オレも! オレだって、」
「うわッ」
 衝動に任せて沢田の腕を掴み引き寄せてしまい、ペットボトルの口から中身が飛び散った。沢田の両手を濡らし、獄寺のジーンズにも降りかかる。
「すすすすみません!」
 ハンカチなど気の利いた物もなく、獄寺はペットボトルをベンチの端に置くと沢田の手を自分のシャツの裾で拭った。
「オレは大丈夫。洗えばすぐだし。獄寺君こそジーンズ濡れちゃってゴメン」
「いっ、いいえ、オレが急に、オレのせいですから」
 沢田の手を拭いた裾でついでに濡れた太ももを擦ってみる。こぼれた量は少しでほとんど透明な飲み物だ。天気もよいので放っておけばすぐ乾くだろう。ただ、さすがに甘味分がべたつくので水で手を洗いたかった。
「ここって――」
 沢田も獄寺と同じ事を考えたのだろう。公園内を見回して水飲み場とセットになっている水道を確認した。
「じゅ、10代目ッ!」獄寺は腰を上げかけた沢田の腕を掴み引き止める。
「あ、あのっ、お暇でしたら、おっ、オレん家来ませんか?」
 どもっている上に上擦った声はかなり不自然だと自覚はある。しかし、このまま公園の水道で手を洗ってしまえば、それをきっかけに沢田は家に帰ってしまうかもしれない。元々コンビニに行った帰りだったのだ。
 獄寺は必死だった。ジュースのアクシデントさえなければ、獄寺はあのまま沢田を抱きしめてキスしていた筈だった。ここが人目のある公共の場所だとか、沢田の気持ちの確認や心の準備さえどうでもいいくらい衝撃だった。
 沢田が自分と同じ気持ちを持っている。
 叶うはずがないと諦めながら諦めきれずに隠す事しか出来ないでいた恋心を、正直な想いをとにかく伝えたかった。
「……オレも同じです。間接キスじゃ我慢できなくて、もっとすごい事、10代目としたいって考えてます」
 途端に沢田は首まで真っ赤になった。視線を獄寺から逸らし、小さな唇がたどたどしい言葉を伝える。
「オ、オレ、留守番しないと……」
「そっ、……うですか」
 一気に上がったテンションの高見から突き落とされる。疑いようもなく、振られたのだ。沢田は獄寺の発言にさすがにそこまでは考えてないと退いたのかもしれない。
 沢田の腕を捕まえていた手から自然と力が抜ける。
 しゅんと項垂れた獄寺に、沢田は慌てて付け足した。
「だ、だから、獄寺君、……良かったらオレん家来ない…?」
「……はっ、はいッ! 喜んで!」
 地獄のどん底かと思えた世界が光り輝いて見えた。もしかして夢を見ているのかと思うほどの頼りない心地ながら、獄寺はコンビニのビニールを持った沢田の隣を歩き出す。
 この公園から沢田家まではほんの5分程度だ。
 沢田は何も喋らない。
 獄寺は歩きながら少し下の位置にある、沢田の首筋から目が離せなかった。ピンク色に染まった肌が可愛らしくて、耳朶の後ろと癖毛の隙間にそっと口付けたくなる。
 けれど、それは手を洗ってきちんと告白をしてからだと、獄寺は自分に言い聞かせた。
  

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□20070306UP