秘密



 ツナには秘密がある。もとい、秘密にしている事がある。
 読心術の使えるリボーンは既に気が付いているのかもしれないけれど、今のところは誰にもばれていないという自信があった。むしろばれる訳にはいかないと言うのに今後どうしたらいいのかも分からなくて、ツナはこの頃悩み多い日々を送っていた。




「よおツナ元気にしてたか? 仕事が片づいたからかわいい弟分の様子でも見ておこうと思ってな」
 とある週末、ツナの兄貴分でキャバッローネファミリーのボス、ディーノが久しぶりに沢田家にやってきた。
「わぁ。わざわざありがとうございますディーノさん」
 ツナはディーノからみやげの包みを受け取り笑顔になる。物が嬉しいのではなく一般常識的な心遣いがありがたい。なにしろリボーン絡みで現れる人々は常にツナの予想斜め上を行く者達ばかりだからだ。
「まぁ、ディーノ君ありがとう。でもそんなに気を遣わなくていいのよ。もっと気軽に遊びに来てくれると嬉しいわ。今日は夕飯食べていってね。おばさん腕を振るうから。そうだ! どうせだから泊まっていけば?」
「また母さんは勝手に話を決めて。ディーノさんだって忙しいんだからな」
「奈々さんの手料理美味いから嬉しいぜ。久しぶりにツナと話もしたいしそうさせて貰おうかな。いいかツナ」
「も、もちろんです」
 ハリウッドスターにも引けを取らない美貌がさわやかに微笑むと、年若い乙女でなくともイチコロだ。ツナにとってはリボーンと出会いボンゴレ10代目候補などというデンジャラスな状況を迎える事でもなければ、お知り合いになどなり得ない存在でもある。
 そして丁度、ツナはディーノに聞いてみたいことがあった。おそらくツナの周りでその問いに答えられる立場の人間は、口の堅さを考慮してもディーノぐらいなのだ。
 悶々と過ごしていたこの時期に、ディーノがやってきたことは吉兆なのかもしれないと、ツナはぼんやり考えていた。



 部下のいないディーノはマフィアのボスではなくて、ちょっと手のかかるお兄さんと言った感じだ。今日も豪快に階段からすっころび、夕食時にはご飯をこぼしたりみそ汁をひっくり返したり、そのたびツナは台ふきで拭いたり取りやすいようにおかずの小皿を工夫したり、ランボが二人いる状態にてんやわんやだった。
 その上風呂を勧めると、以前巨大化したエンツィオに家風呂が破壊された際に利用した近所の銭湯がいたく気に入ったらしく、風呂代を出すからみんなで行こうと持ちかけられた。しかし、フゥ太とランボとリボーンも加わっての大所帯で何も起こらないはずが無い。ランボに湯船で泳がれるのは序の口で、フゥ太が風呂場でランキングを始めて風呂桶や添え付けの石けんなどを浮かせて騒ぎになり、ランキングブックが濡れてボコボコしてると泣かれたり、ランボはリボーンにうざがられてこてんぱんにされたり、予想を裏切らない。
 ツナはゆっくり風呂につかる事も出来なかったが、ディーノが迷惑を被った他の入浴者に丁寧に詫びてくれて、「子どものした事だからしょうがないな」と大目に見てもらえた。
 ディーノはその地元民と思われる年配者と「外人さん日本語上手いね」という世間話から盛り上がり、迷惑をかけたお詫びにと風呂上がりにビールを振る舞った。(子ども組はフルーツ牛乳)
 その頃にはディーノはすっかり近所のおっちゃん連中と仲良くなって、涼みながら談笑していた。子ども達の相手をしていたツナには大人達の会話はよく聞こえなかったが、聞くともなしに入ってきたのは季節や天気の話題の他に、最近の並盛の治安や犯罪の有無、地元の暴力団の噂など、なかなか不穏な物があった。ディーノは自分の縄張りの街でもこんな風に気さくに人々とふれあい、住民の暮らしを見守っているのかもしれない。
 部下がいない所でダメダメでもすごい人なのだと、ツナはすます憧れの気持ちを強くした。



 その夜、本来ならツナの部屋に客用布団を引いて就寝となる所だが、ツナが相談があると持ちかけて客間に二つ布団を並べて貰っていた。ツナの部屋にはリボーンがいるし、リボーンの眠りを妨げると相談どころでは無くなることを、二人は身に染みてよく知っていた。
 ディーノはツナと布団を並べて眠ることは初めてだとはしゃいでいた。しかも兄貴分として頼りにされていると分かれば、何でも聞いてくれと布団から身を乗り出すようにして話を促してきた。
「……あのディーノさん。オレ、ディーノさんに聞きたいことがあるんです」
「そうか。ツナもやっとマフィアのボスになる決心が付いたんだな」
「ち、違います! そんなのなる気さらさら無いですよ!」
「ん? 違うのか?」
「……ちが、……違わないかもしれないけど……」
 ツナは布団の中で少し言いよどむ。オレンジ色の薄暗い部屋の中で何と言えばいいのか少し迷った。
「あのですね。例えばの話なんですけど。……ディーノさんには部下の人がいますよね?」
「ああ、いるぜ?」
「もしもですよ。ホントにもしもですけど。その部下のうち一人に特別な感情を持った場合、ディーノさんならどうしますか?」
 薄闇の中ディーノが小首を傾げる気配がした。
「んん? 部下に惚れた場合って事か? オレの周りは男ばっかだけど男でいいのか?」
「そうです」
「そうだなぁ。まずはそいつに自分の気持ちを言うしかないだろな。黙ってたってわかんねえんだし」
「でもマフィアの世界ってボスの言うことは絶対なんですよね?」
「まぁ時と場合にもよるが基本的には絶対だな」
「だったら、部下はボスに逆らえないんなら、ディーノさんのこと好きじゃなくても、あっ、これはあくまで例えなんで、ディーノさんが部下の皆さんにどれだけ好かれてるか知ってますし、ホントに仮定の話ですけど、もしもその部下の人がディーノさんをボス以上の気持ちでは見てない時、ディーノさんにそう正直に言えると思いますか? 言っても許されますか?」
 言い切ってしまうと心臓がバクバク騒ぎ出した。こんな例え話、明らかにおかしい。それなのにディーノが気付かないで欲しいだなんて、都合良すぎる願いに苦笑いすら湧いてきてしまう。
 ツナの葛藤の間、ディーノは自分なりに真剣に考えてくれた。
「ん〜〜、オレの所はボスに気を遣って嘘をつくより正直に言う方がいいって奴の方が多いからなぁ。多分気がなけりゃそう言うんじゃねぇか? オレも無理強いはしたくないし、正直に言って貰った方が諦めもつくしな」
「……そうですか」
 確かにディーノの部下はそうかもしれない。散歩と言いながらディーノを迎えに来たり憎まれ口をたたいたり、上下関係にもフランクさが感じられる。
 けれど、彼はどうだろう。獄寺の場合は。
「ツナ……お前、好きな奴がいるんだな。しかもお前をボスだと思ってる部下って事は……」
 ディーノのしみじみとした口調に、ツナは顔から火が出るかと思った。
「さ、さっきのは例え話ですからっ。オレ、ボスになんかなる気無いし、獄寺君は友達だし、オレの事じゃないんで、あのっ、変なこと聞いてすみません、おやみなさい!」
 ツナは上掛けを頭までかぶり目をつぶる。行き詰まっていたとは言えやっぱり聞かなければ良かった。聞くにしてももっと遠回しにするべきだった。恥ずかしくて涙さえ出てきた。
 ツナは獄寺が好きなのだ。誰にも言えない、言ってはいけない秘密。
 男同士なのは仕方がない。どうあっても変えようがないし、獄寺を女の子の代わりに好きになった訳でも女の子が羨ましいのでもない。
 しかし、獄寺はマフィアだった。ツナと同じ中学生でありながら、ツナをボスと思っている上下関係に絶対のマフィアなのだ。
 獄寺を好きだと気が付いたのはいつだったろう。獄寺を怖いと思わなくなった時だろうか。それとも彼の笑顔をかわいいと思うようになった時だろうか。いつの間にか自然と獄寺の姿を追うようになっていた。そんなツナの視線に気付くたび、獄寺が何をも置いて駆け寄って来てくれるから勘違いしてしまうのだ。
 獄寺も自分のことが好きなのではないかと。彼は次期ボンゴレ10代目、沢田綱吉に対しての忠誠心を示しているだけだというのに。
 それなのに、もしも自分が告白したらだなんて。しても獄寺君はオレのことボスだって思ってるからきっと断れないんだ。それなら無理矢理なんて良くないし言わない方がいいよねなんて。ただ自分が傷つきたくないだけの保身だ。
 それを完璧に理論武装したくてディーノに頼った。ともすればディーノとその部下の人たちをも貶めるような想像さえさせて、自分が傷つかずにすむ方法を探すだなんて。
 将来マフィアのボスになどなる気がないのに、それを望む獄寺の期待と行為に甘んじ続けている。そんな自己中心な人間、そもそも好かれるはずがない。いつか必ず終わりが来る。確実に。
 嗚咽の声をかみ殺しツナは流れる涙を枕に吸い込ませ続けた。
「ツナ、泣くなよ」
 突然ディーノが布団を剥ぎ取るようにしてツナの寝床に入ってきた。
「ないてなんかっ」
 せめてもの強がりも鼻声混じりでは効果がない。ツナはディーノに背を向けて肩を震わせる。自分には慰めて貰うほどの価値もないのだから。
「ツナは難しく考えすぎなんだ。もっとシンプルに行こうぜ。獄寺が好きなんだろ?」
 ツナは答えられなかった。今声を出してしまうと一気に号泣してしまうかもしれない。しかし、違うと首を振ることも出来ない。
「だったら自分の立場を利用すればいい。」
 疑問系だったにも関わらず、ディーノはツナが獄寺を好きなのだと確信を持って話を続けて来た。
「獄寺はマフィアだ。当然ボスには絶対服従、お前が命令すれば喜んで命も差し出すだろう。だけどな。それはあいつのボスがお前だからだぞ。あいつはツナだけなんだ。例え9代目が命令したって、ツナが反対したりツナの為にならないと思えば拒否するだろう。それがどういう事か分かるか?」
「……」
 ツナはかろうじて頭を振った。
「あいつを生かすも殺すもお前次第って事だ。あいつの望みはツナに必要とされて自分の力を活かすことだろう? それなら、お前はただ望めばいい。恋人でも愛人でも性欲処理にでも、獄寺は喜んで従うさ。それがツナの望みなら」
「そっ、なの……イヤなんです」
 ツナは泣き出さないように息を詰め声を絞り出す。
 きっと自分は強欲なのだ。忠誠心だけでも身体だけでも我慢できない。自分と同じ気持ちで己の存在を求めて欲しいのだ。そんな事はあり得ないと分かっているのに。
「ツナは優しいな」
 ディーノの大きな手で頭を撫でられる。
 ツナは違うと言えずにかぶりを振った。優しくなんか無い。我が儘なだけだ。獄寺のアイデンティティであるマフィアというカテゴリを奪ってしまいたいのだから。
 どうしてどうして、獄寺はマフィアなのだろう。しかし、そうでなければ出会うことなど無かったのだ。
 あの笑顔を失いたくない。永遠の物にしたい。その方法は自分の内にあると言うのに、踏ん切りもつかない。
 こんな薄汚れた気持ちを知ってなお、獄寺は自分を慕ってくれるだろうか。
 泣くばかりのツナの髪をディーノは撫で続けてくれた。



 息苦しさで目が覚めた。身動きが取れない程になにやら重い物が身体に巻き付いていると気付いて、一瞬ぞわりと寒気がする。
 ツナが朝日で明るくなった視界をよくよく確かめてみると、抱き枕よろしくディーノの胸に閉じ込められていた。昨夜ツナを慰めるうち、ディーノも同じ布団で眠ってしまったのだろう。
 状況を理解したツナは緊張して詰めていた息を吐いた。身動き出来ないのは正直苦しいが、こんな風に人の体温を感じることは久しぶりだった。昔はたまにしか帰らない父親の寝床へ潜り込み安心して眠った。ツナが年上の同性に憧れたり甘えたい気持ちになるのは、無意識に幼い頃十分に得られなかった父親の存在を求めているせいかもしれない。
 元々ディーノはツナにとって憧れの存在で見た目も麗しい。昨夜同じシャンプーや石けんを使ったはずなのにいい匂いがするのは気のせいだろうか。
 もそもそとディーノを起こさない程度に身動きし、ツナは兄貴分をじっと見つめた。長い睫毛は髪の毛より濃い色の金髪だ。頬は白くつるりとしている。僅かに開かれた唇はみずみずしい果実のようで、金色のせいか延びても余り目立たないヒゲがどんなに綺麗でも紛れもなく大人の男なんだと感じさせた。
 獄寺も大人になればこんな感じになるのだろうか。唐突でもなくそう思った。
 イタリア人の父を持つ彼の容姿は日本人離れしているが、今のところは少年らしい造形を保っている。あの銀に輝く髪。長い睫毛。睨んだ眼差しは鋭いにも関わらず、笑うと蜂蜜のようにとろける目元。歯の並びまで整っているなんて、脱ぎかけたシャツに引っ張られて見えた後ろ髪の生え際までカッコイイなんて、獄寺を形作る全てを素敵な物だと思うなんて、地味でぱっとしない自分へのコンプレックスなのだろうか。
 10代目。10代目。
 獄寺のツナを呼ぶ声はいつだって甘い。いつだって優しい。思い出すだけで胸が高鳴り身体が熱ばむ程に嬉しく、愛おしい。朝のせいもあるが身体の一部が大変な事になってきた。
 ツナは身を捩りディーノの腕から逃れようと藻掻く。
「……ん? 起きたのかツナ」
「ディ、ノさん、おはようございます。あの……昨夜は変な事聞いてすみませんでした」
「ん〜? ああ。若いときゃ色々あるよなぁ」
 ディーノはツナが起きあがろうとするのを邪魔するようにより一層腕の力を強くした。
「あ、あのっ、オレ、起きたいんですけど…?」
 ツナが眉尻を下げて訴えると、ディーノは無邪気に唇の端をつり上げた。
「今日は休みなんだろ? もう少しダラダラしたっていいじゃねえか」
 ディーノはツナの抱き心地が気に入った上に未だ起きる気もないらしい。確かに部屋の時計は学校がある日の起床時間よりも早い。息苦しさで目が覚めなければ、ツナも惰眠を貪っていた筈だ。
 けれど、今は時間の問題ではなくて。
「わっ、ちょ、くっつかないで……ッ」
 抱き込んでくるディーノの動きに抵抗しながら身を捩っていくと、ディーノの胸に背中を付ける姿勢になった。ひとまずの危機は去ったが股間がズキズキと痛い。もう収まりきらないそれを、ばれないうちにどうにかしたかった。
「なぁツナ。お前は獄寺に食われたいのか? それとも自分が食っちまいたいのか?」
「食っ!?」
 どういう意味かと斜め後ろを見上げるとパジャマの上から股間をまさぐられた。たちまち甘い痺れが全身に伝ってツナは身を竦める。他人に触られるなど初めてだというのに、嫌悪感や恐怖は感じなかった。
 むしろ。
「アッ、あ……ディ、……ノさんッ」
 恥ずかしい上に相手の意図が分から無いというのに、身体はより強い快楽を求めて他人の手へ昂ぶりを擦りつけてしまう。
 ツナの素直な反応に気をよくしたディーノは、ゆるゆると性器の形を確かめる。
「な? 男なら身体で落とす事も可能なんだ。恋愛感情が無くても快楽は味わえる。お前も、あいつも、な……」
「あっ! だッ…やっ」
 見かけよりもゴツゴツとした手のひらで直に握り込まれてやっと、ツナは自分がどんな状況か把握した。布越しのもどかしくも心地よかった接触は、肌が触れた途端鳥肌ものに変わる。急所を無防備に晒してしまっている状態だからか、気心の知れた相手だというのに怖いと思った。たちまち昂ぶっていた性器から熱が逃げる。
「怖がんなって。痛くしたりしねぇからさ。男同士だとどうすればいいか知らないだろうから、ちょっとだけレクチャーしてやろうと思ってな」
「そっ……あ、…ん」
 萎えた性器の先、一番感じる部分を指の腹でくすぐられる。自分で弄る時よりもゆっくりとした動きに、一度閉じた快楽の扉が隙間を空けた。
 芯を持ち始めた性器の先から溢れた体液を塗り広げられ、固い指の腹から純粋な快楽が起こる。弄られている性器と足の付け根から生まれた熱が全身にまわって、ツナは抵抗する気にもなれないまま身を任せた。
 声を殺し熱い吐息さえも漏れないよう我慢するツナに、ディーノは軽い口調で続けた。
「ツナは感じやすいんだな。あんまり自分で抜かないのか? やりすぎるのもよくねぇがもうちょっと我慢できる方が得だぜ」
「んっ!」
 ディーノの指が滑りを借りて竿から袋へ移動し確認するように摘まれたと思ったら、更にその奥へ指を伸ばされた。
「ちょっ…!」
 さすがにそんな所を暴かれるとは思わず、ツナは腕を掴み身を強ばらせる。
「大丈夫だって。教えてやるだけだから。さっきみたいに触ったりするのは知ってるだろうけど、男はここでも気持ちよくなれるんだ。この中の丁度睾丸の裏あたりに前立腺てのがあってな、個人差はあるが射精よりも気持ちいいらしいぜ」
 ディーノの声はからかっている風でも興奮している訳でもなく、むしろ淡々としていた。本当にどう対処するべきなのか分からないツナにアドバイスしているだけなのだろう。奥の窄まりに伸ばされた指もその場所を意識するように撫でられただけで、それ以上の刺激もなくすぐに離れていった。
「ある意味男同士の方がどこがいいか自分の身体で分かるからな。最初はその気がなくてもはまるって事はあるらしいぜ」
「…ん!」
 ゆるゆるとした動きが物足りなく感じていたツナは、強くなった刺激に身を硬くした。目を閉じただ相手がもたらしてくれる快楽を最大限手に入れようとする。
「オレなら少しでも可能性があるならどんな手段だって取ってみるがな。それに……」
 何か言いかけたが、ディーノは言葉を飲み込み手の動きを早めた。
 ツナは声が出ないようにするのが精一杯で、初めて感じる快楽の大きさにディーノが何を言っているのかさえ分からなくなってきた。
 全身が熱くて汗ばんだ身体にパジャマが張り付く。ツナが荒い息をこぼすたび、布団の中にじっとりとした熱が籠もった。バクバクと脈打っている心臓がうるさいのに、弄られている場所から粘ついた音がするのは聞こえて余計に恥ずかしい。
 自分の身体が今までにない刺激に酔っている中、不意に獄寺の事を思った。彼もこんな風になる事があるのだろうか。こんなにもどかしい熱を感じて悶える事があるとしたら――。
「あっ、で――!」
 瞬間、何も用意していない状態を思い出し我慢したのだが間に合わなかった。全身を戦慄かせツナは身を丸める。閉じた視界が真っ白になったような気がした。
 ツナが放出の気怠さでぼうっとしている間に、ディーノは手の中に受け止めた物を始末してくれた。
「……すいません」
「ん? オレが勝手に始めたんだし気にすんな。気持ちよかったか?」
 ツナは気恥ずかしくてコクリと頷くのが精一杯だった。ディーノはそれで充分だったのか、いつものさわやかな笑顔でツナの頭を撫でてくれた。
「まぁなんか困った事があったら遠慮せず言ってくれよツナ。お前はオレのかわいい弟分なんだからさ」
 布団をかけ直したディーノは相変わらずツナを抱き枕にしてダラダラし始めた。二度寝ってなんでこんなに気持ちいいんかな…などと軽口を言いながら寝息を立て始める。
 そのうち本当にディーノは眠ってしまった。巻き付けられた腕は重いが脱けられないほどではない。けれど、ツナはしばらくそのままで先ほどの事を思い出していた。
 達する直前、ツナが考えていたのは獄寺の事だった。自分が感じている快楽をもし獄寺が得た場合、どんな表情になるのだろうと。いつもツナに対してニコニコしている獄寺が顔を赤らめ息を乱すところを想像すると、一旦ひいた熱が戻ってきそうになる。
 あの得も言われぬ瞬間を彼に与えられるなら、それが誰でもない自分自身であったら、まずは身体だけでもいいと思うだなんて、ツナは変わり身の速さに我ながら呆れた。けれど、絶望感でいっぱいだった昨夜よりも気持ちが軽く感じるのだから、一つの選択肢として持っていてもいいのだと思う。
 暖かい布団のぬくもりと背後からは規則正しい寝息が続く。ツナは次第にとろりとした眠気に包まれていった。



 数時間後。ディーノは神妙な顔で正座し、ツナに向き合っていた。
「さっきのアレ……、オレがツナに教えたって事はリボーンには内緒にしてくれよな。ばれるかも……いや、絶対ばれるとは思うが、そこはしらばっくれてくれ頼む。リボーンにばれたら性教育なんて未だ早いと締められる…!」
 本気でディーノが心配していたので、もちろんツナは他言しないと約束した。元々ディーノが言い出さなくてもツナにとっては誰にも言わないでいて欲しい相談事が始まりだったのだから。
「じゃあ、秘密ですね」
「秘密だな」
 二人は額を付き合わせながら子どもっぽい約束を交わす。同じ家庭教師を持つ、兄弟分ならではの誓い。
 ツナの秘密がツナだけの物で無くなってから、好きなものは好きで仕方ないという開き直りに似た思いが生まれた。けれど、それはツナの心の中だけにある気持ちで、公にする気は微塵もなかった。まして意中の相手に想いを伝えようなどとは、その時は本当に考えていなかったのだ。

 ツナが獄寺と別の秘密を共有するようになるのは、それからすぐの事になる。
 

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□20070624UP