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放課後の学校というのは日常ながらどこかノスタルジックだ。カーテンが引かれて薄暗い教室の中は夕暮れのオレンジ色が混ざり、大昔の写真を思い出させるせいかもしれない。 ちゅっと音を立てて獄寺の唇が離れる。とたんに濡れた唇が秋の空気に触れてひやりとした。 ツナはわざとシャツの袖で口を拭う。獄寺は誤解するかもしれないが、その方が丁度よかった。誰もいない学校の教室でキスをねだられて拒めなかったツナの、せめてもの強がりとして。 「じゅ……だいめ、お嫌でしたか……?」 拒まれるはずがないと許可も取らず、自信満々だった獄寺が目に見えてしょんぼりしている。 予想通りの結果にツナは頬を緩めかけ気を引き締める。今まで何度も甘い顔をしてつけ込まれ(結局許してしまう自分が悪いのだとは分かっているのだけれども)、後悔したのだから。 「もう帰ろうよ獄寺君」 「は、はい……」 オレが勝手にキスしたのを十代目は怒っていらっしゃる。そんな誤解が獄寺の顔に出ていたが、ツナは否定せず鞄をつかんだ。 どのくらいで怒ってないよと振り向いて微笑もうかと算段しつつ廊下へ出ると、 「君たち校則違反だよ」 「えっ!?」 突然の咎めとその声の主にツナは飛び上がりそうになった。初対面の時に刷り込まれた恐怖心はそうそう消えるものじゃない。 「んだぁてめえ! 」 獄寺はツナを背後にして雲雀に対峙すると、すぐさまダイナマイトを取り出す。 瞬時に恋人を守ろうと動いた獄寺に、ツナは今更ながらときめいた。けれど、好きな人を守りたいという気持ちはツナにだってある。見た目は小さく弱っちそうでも、いざとなれば問答無用の風紀委員長にだって立ち向かう気概は充分だ。 「ダメだよ獄寺君。そんなものしまって」 「し、しかし」 獄寺は不満そうにしたものの、渋々ダイナマイトの筒を制服の中へ戻した。そのあいだも雲雀は学生服の上着を肩にかけ、腕組みしたままの姿で悠然としている。気に入らないことがあればすぐさま「咬み殺す」と決めゼリフののち暴れ出すという認識のツナは珍しいなと思った。 「あ、あのぅ、獄寺君はともかく、オレは校則違反なんてしてないと思うんですけど?」 「しらばっくれてもムダだよ」 「いえ、ホントに心当たりないですっ」 雲雀の眼光にびびったツナは本能的に獄寺の陰に身を隠す。十代目に頼られたと思いテンションが復活した獄寺は再び懐に手を伸ばした。 「二号棟三階の男子トイレ」 「「?」」 雲雀が淡々と告げた言葉にも、二人の脳内はハテナの記号ばかりだ。 雲雀は察しが悪いと言いたげに眉間にしわを寄せる。 「――で、セックスしたよね、君たち」 「んなっ!」 「えっ、なっ、なんで――」 ツナは一気に真っ赤になった。なんでヒバリさんが知ってるんですかと問いかけそうになって、どうにか言葉を飲み込む。もし雲雀がカマをかけているのだとしたら、自ら罪を認めることになる。 ツナが保身のため必死にやり過ごす策を練っていると、 「オレと十代目は永遠の愛を誓った恋人同士だ。どこで愛をはぐくもうとてめぇにゃ関係ねえ!」 獄寺の言葉で谷底へ蹴り落とされた。疑惑を肯定したばかりか自らカミングアウトとは、小市民の生活を営みたいツナには理解不能な生き様である。 「ななななに言っちゃってんの獄寺君っ!?」 ツナは今更ながらあたりを見回し、廊下に自分たち三人しかいないことを確認する。放課後にしても普段よりひとけがないのは、雲雀が校内を巡回しているせいかもしれない。 「も、もう、獄寺君てば、じょーだん言ってる場合じゃないだろぉ」 ひとけがなくて被害を最小限にとどめられそうなのがせめてもの救いとばかりに、ツナは先ほどの獄寺発言を誤魔化そうとした。 「冗談だなんて……あの日交わした愛をお忘れなのですか十代目」 涙目の獄寺に両肩をつかまれ抱き寄せられる。セリフといい態度といい、二人はどう見てもホモのカップルだ。 「裏が取れたところで覚悟はいいかい」 校舎にジャキーンと硬質な音が響く。それがトンファーだと分かった瞬間、ツナは身体に刻まれた痛みをまざまざと思い出した。 ツナは元来辛いことや痛いことなどが大嫌いな平和主義者である。(根性なしの日和見とも言えるが)リボーンが現れる前はダメツナとバカにされはしても、理不尽な暴力に狙われることなど(そりゃあ多少はあったけれど)今の比ではなかった。 何でオレはピンチに陥ってるんだろう。なんでなんでなんでぇ――!? ツナのちっちゃい脳みそはすぐさま答えを弾き出した。そもそも考えるまでもない事実を。 「獄寺君のバカ――!」 「はぐっ!?」 バチーンと乾いた音をたててツナの放った平手が獄寺の頬に炸裂する。振りかざした腕を振り抜くあいまツナがグーにしていた拳を開いたので、獄寺の頬はモミジ色のあとが付いた程度でおさまった。とはいえ、恋人に平手を食らった当人は呆然といった表情で固まっている。 「オレはあのとき学校でするのはイヤだって言ったのに!」 「す、すみせん。で、でも――」 涙目のツナを眼前にして獄寺は言いよどんだが、 「十代目、いつもより感じられて可愛くて、」 「バカ――!!」 「はぐっ!!」 今度はためらいのないツナのこぶしがヒットした。怒りよりも羞恥心が勝っての暴行ではあるが、不意を食らった獄寺は数歩後ろによろめく。 殴られた頬を押さえて獄寺が身動きしない姿を見て、ツナは瞬時に反省した。獄寺の言葉どおり、イヤだと言いながら気持ちよさと興奮に流されて行為を続けてしまった自分にも問題があるくせに、獄寺ばかりを悪者にするなんて―― 「ご、ごくでらく……」 「さてはてえめ、校内に隠しカメラを付けてるな!? えげつないことしやがって!」 獄寺が固まっていたのはツナに殴られた痛みでもショックでもなかった。日頃から無駄に優秀な獄寺の頭脳は、いつ何時もあるじを原因としてとらえない。あるじからのお叱りが真っ当な物だとしか思わない獄寺にとって、すなわち敵はヒバリでしかないのだ。 「オレと十代目の愛のメモリーをよこしやがれ!」 「なにいってんの獄寺君!?」 獄寺にとっては理論に基づいた発言も、ツナにはついて行けない発想だ。学校中に風紀委員による監視カメラが付いていて、自分たちの恥ずかしい行為が録画されているかもだなんて、想像だにしたくない。 「隠しカメラなんてあるわけないよ。学校が教えてくれたのさ」 「「は!?」」 ヒバリの淡々とした返答に二人の声が重なる。 「じゃあ、己の罪深さを再認識出来たなら罰を受けてもらうよ」 途端に濃縮された殺気をぶつけられる。身体の底から震えが走るような寒気に襲われてツナはすくみ上がった。 「えっ、ちょ、まっ――」 ツナが意味のない制止声を漏らす。 獄寺は懐のダイナマイトを取り出し煙草に火を付ける。 殺気に満ちた獣が今まさに間合いを詰めて獲物を咬み殺さんとした瞬間、 「!」 ぴたりとヒバリの身体が止まった。まるで何か――目に見えない壁にでも阻まれたかのように不自然な動きで、緊張に身を固くしたツナは詰めていた息をそろそろと吐き出す。 「――第三校舎裏、」 ヒバリは独り言めいた呟きを漏らした。 「五対一で? ふうん、未だにカツアゲなんてやらかす奴らがいたのかい」 側で誰かに告げられたかのように繰り返したヒバリは楽しそうに片方の唇をつり上げた。くるりと二人に背を向け反対方向へ歩き出す。 「命拾いしたね。君たちより早急に咬み殺す奴らが出来た」 そのまま何事もなかったかのように歩き、ヒバリは去っていった。残された二人は急な展開に呆然とたたずむばかり。 「……あいつ、人間じゃねースよ十代目……」 獄寺は身体の芯からぞっとしながら呟いていた。獄寺は昔からオカルトめいた現象が苦手で、その反面UMAなど未知の生物には並々ならぬ興味をかき立てられた。その手の月刊誌も定期購読しているマニアにとって、学校という非生物と意志の交換が出来るというのは信じられないと言うより多少の嫉妬を感じてしまう。 あるじから何の反応もないので改めて表情を伺うと、ツナは瞳をキラキラさせてヒバリがいなくなった廊下の先を見つめていた。 「……ヒバリさんて凄いなぁ」 「は?」 「学校と話が出来るなんてファンタジーみたいだ」 「そ、そっスかあ?」 ファンタジーと言ってから、ツナはもっとふさわしい言葉に気付いたがまあどっちでもいいかとあえて口にしないでおいた。 本当にヒバリが学校と会話が出来るのだとしても、あり得ない気がしないのが雲雀恭弥という人間だ。(今では人間なのかどうかも怪しいとツナは思い始めていたが) 「今のうちに帰ろう獄寺君。オレたちは咬み殺す優先順位二番目なんだから」 「は、はいっ」 ふくれっ面をしていた獄寺はツナに手を握られてすぐさまご機嫌な顔になった。 「……さっき、ヒバリさんから守ってくれようとしてくれて、ありがとう。殴ってごめんね、痛かったでしょ」 「い、いえっ、むしろ愛の制裁ですよね! 十代目の愛、しかと受け取りました!」 手を握ったくらいで脳内に花が咲くとはちょろいと思いつつ、そんな風に一途な態度を示してくれる恋人が可愛くて愛おしいと思ってしまうのも常なのだ。 もちろんツナは釘を刺すのを忘れなかった。 「あ、もう二度と学校ではしないからね」 END 戻 |
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