唯一の恋人 見本 

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■番外編「唯一の恋人」イントロ


「待ってください十代目!」
 獄寺が綱吉を追いかけて寝室を出て行ったあと、ツナは身を起こし枕の下へ隠しておいた服をてきぱきと身につけた。そのあいだ聞こえてくる獄寺と綱吉のやりとりはなるべく聞かないように意識する。気にならないわけがないし、むしろあの二人がちゃんと和解できるのか、最後に爆弾を落としたツナは加害者だ。
 しかし、ツナには予感があった。綱吉と獄寺がお互いを強く抱きしめ合う姿が目の前で見えているかのように。
 何故そんな楽観した未来を確信できるのか、おかしいと言えば根拠のないけれど、ツナは予感の理由を考えるより先に、いつこの世界を去る時が来てもいいよう乱れたベッドの上を直した。
 そっと寝室のドアを閉めると廊下のやりとりは少し遠くなった。
 ぐらりと視界が歪んだかと思うと白い煙に包まれる。それは大人の獄寺と別れた時と同じだった。あの時、ツナは大人の獄寺と別れがたかった。今もわずかに高校生の獄寺へ未練を感じたが、底のない穴に落ちていくかのような感覚の中で想っていたのは、元の世界の獄寺隼人だった。
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■「別世界より愛を込めて」イントロ


(……この人……何でこんなに子どもっぽいんだろう……)
 ツナは目の前の騒ぎを冷ややかな視線で眺める。
「獄寺のバーカバーカうんこたれー」
「てっめえ! テキトーなこと言ってんじゃねー!」
 うろちょろ逃げ回るランボを捕まえようと隼人が追いかけている。そのせいで決して広くないツナの部屋はゴミ箱が蹴飛ばされたり積み重ねておいた漫画雑誌やゲームソフトが崩されて、いっそう乱雑になっていく。
 ランボは隼人が来ると必ずと言っていいほどやって来ては些細な切っ掛けでケンカを起こす。まるで隼人をケンカ友達と思っているかのようだ。リボーンはランボを格下扱いで相手などしないし、イーピンもトレーニング中は構っていられない。
 ツナはローテーブルに広げた教科書とノートに視線を移し、ため息をついた。
 今日もツナを自宅まで送ってきた隼人は、「今日の宿題、分からないところがありましたらお教えしますよ!」と家に上がり込み、ツナが「自分でやらないとリボーンがうるさいし」とやんわりお断りをしたにも関わらず、「もちろんです。十代目がどうしても分からない所だけですから」と階段を登っていった。
 獄寺隼人がツナの前に現れて一年以上経つが、ツナは自称右腕の友人に振り回されてばかりだ。とにかく隼人は思いこんだら無駄に激しくまっしぐらで、ツナが本気で迷惑だと思っていても察することがない。その分行動パターンを掴みやすくもあるが、掴んだ所で阻止など出来ないので、必然的にとばっちりを受ける羽目になる。
 友達のいなかったツナは、隼人が好意を示してくれること自体は照れくさくも嬉しかった。けれど、同じ頃に天然ながら常識人の山本とも連むようになったため、どうしても二人を比べてしまう。そんな自分を何様だと自己嫌悪したり、マフィアへの恐れなども加わって、ツナは隼人に対していつも微妙な距離を取ってしまいがちなのだ。
「ちょっともう、いい加減にやめろよ。ランボも獄寺君も」
 ツナは終わりそうにない争いにうんざりしながら仲裁に入る。隼人はツナの言葉でやっと状況を理解したのか、その場に正座してかしこまった。
「は、はいっ。スミマセン十代目」
「ここ、解き方分かんないんだけど」
 ツナが教科書の問題を指さすと、隼人はどこからか眼鏡を取り出し「ここはですね」と説明を始めた。
「ど――ん!」
 突然、ほったらかしにされたランボが隼人に体当たりしてきた。テーブルを挟んだツナの正面で身を乗り出していた隼人はその勢いでツナと盛大に頭をぶつける。
「いったあ!」
「っつう――十代目大丈夫ですかっ? っこのクソ牛がぁ! 十代目がケガされたらどうお詫びする気だ!」
 再び隼人が逃げるランボを追いかける。ツナは涙目で痛む頭を撫でさすりながら、手近に転がっていた漫画雑誌を掴んでベッドに寝転がった。仲裁に入った所で遊び足りない子どもは部屋から追い出さない限り同じことを繰り返すだろうし、無理矢理つまみ出せば大泣きされて母に窘められたりするのだ。
 ツナは二人を放ってゴロゴロしながら漫画を読み始める。そのうちランボの泣き声がしはじめて、やれやれと身を起こした。
「てめー泣けば許されると思うなよ!」
「ランボさんは泣いてないもんね。ちねー!」
「やめろバカ!」
 ドオンと爆発音がして何かがぶつかってきたかと思うと、辺りが白煙に包まれる。同時に落下していくような感覚がおこり、ツナは自分にランボの異次元バズーカが当たったのだと分かった。ランボが使っているのは間近で何度も見ていたけれど、自分が使うことになるとは思わなかった。そもそも普段の生活で手一杯なツナは別世界など妄想する余裕もなかったので。
 だから、再び派手な音と白煙に包まれ自分の部屋とは違う場所で彼と出会った時は、しばらく必然性が分からなかった。

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□20081008 up